旅の仲間④
昼時。
建築途中の家の前には、いくつもの長机が並べられていた。
木の香りが漂うその場所には、大工達や街の住人達、そしてレオン達の姿がある。
皆が手を止め、昼食を囲みながら思い思いに談笑していた。
あちこちから笑い声が上がり、穏やかな時間が流れていく。
その時だった。
「ふぅ……」
聞き覚えのある低い声が風に乗って届く。
レオン達が振り返ると、二人の人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。
ファルガ。
そしてシンだった。
どうやら訓練場から戻ってきたらしい。
シンの額には汗が滲み、肩で小さく息をしている。
しかし、その足取りは以前とは比べ物にならないほどしっかりとしていた。
両脚に装着された義足。
失われた脚の代わりとして作られた金属の脚は、まだどこかぎこちなさを残している。
それでも、一歩一歩、確実に前へ進んでいた。
その姿を見つめたレオン達は、自然と顔を見合わせる。
言葉はない。
それでも全員の表情には、同じ感情が浮かんでいた。
――よかった。
その視線に気付いたシンは、少し照れ臭そうに唇を尖らせる。
「なんだよ」
ぶつぶつと文句を言いながら席へ向かう。
「俺達を待ってくれてもよくねぇか?」
すると、隣でおにぎりを頬張っていたアッシュが、もぐもぐと咀嚼しながら答えた。
「早く来ねぇとなくなっちまうぞ」
「ひでぇなお前ら!」
シンが抗議すると、周囲からどっと笑い声が上がる。
「冗談だよ」
「ちゃんと残してあるって」
「最初からそう言え!」
文句を言いながらも、シンは笑顔で席へ腰を下ろした。
そして、ふとレオン達へ目を向ける。
「あれ?」
目を丸くした。
「レオンじゃん」
「よう」
「お前らも家作り手伝いに来たのか?」
レオンは首を横に振る。
「いや」
そこで本来の目的を思い出した。
「元々はファルガに用があって来たんだ」
「ん?」
席へ着いたファルガが視線を向ける。
レオンは続けた。
「ヒルデと連絡取りたくてな」
その言葉を聞いたファルガは、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。
「……なるほどなぁ?」
どこか不思議そうに首を傾げる。
「どうした?」
レオンが問い返すと、ファルガは腕を組んだ。
「お前ら」
一拍置く。
「ライセンス持ってるだろ?」
「ん?」
レオンは自分を指差した。
「そりゃ一応、四級魔導士だし」
「それがどうした?」
ファルガはさらに怪訝そうな顔になる。
「魔導士ライセンスって通信機能あるんだろ?」
その瞬間――。
時間が止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
レオン。
ユージン。
リシェル。
三人揃って固まる。
あまりにも見事な沈黙だった。
ファルガが眉をひそめる。
「……おい」
しばらくして。
ユージンが引きつった笑みを浮かべながら、小さく呟いた。
「……そういえば」
額に手を当てる。
「教官がそんなこと言ってたね」
「あ」
レオンもようやく思い出す。
リシェルも静かに目を伏せた。
「……忘れてた」
「ぶっ!」
アッシュが盛大に吹き出した。
腹を抱えて笑い始める。
「お前ら何やってんだよ!」
シンまで呆れたように肩を竦める。
「いや普通、最初に試すだろ!?」
ユージンは額を押さえたまま深くため息を吐く。
「完全に失念してた……」
アッシュはにやにやと笑いながらレオンを見る。
「レオンはともかく」
「なんだその言い方」
レオンがじろりと睨む。
「お前が抜けてるのはいつもの事だろ」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた。
何も言い返せない。
アッシュは勝ち誇ったように笑う。
「でもユージンまで抜けてんのは珍しいな」
「否定できないね……」
ユージンは苦笑するしかなかった。
その横で、リシェルがぽつりと呟く。
「……不覚」
その一言は短かった。
だが表情だけは妙に真剣で、本人なりにかなり悔しかったらしい。
その様子に周囲からまた笑いが漏れる。
レオンは慌てて胸ポケットへ手を突っ込み、銀色の魔導士ライセンスを取り出した。
陽光を受け、カードがきらりと光る。
「……で?」
じっとカードを見つめる。
「どう使えばいいんだ?」
全員が揃って呆れた目を向けた。
ファルガは盛大なため息を吐く。
「はぁ……」
額を押さえながら説明する。
「連絡取りたい相手を頭に思い浮かべて」
「魔力を流すだけだ」
「それだけだ」
レオンはカードと睨めっこしたまま固まる。
「魔力……ねぇ……」
見るからに嫌そうな顔だった。
その様子を見たユージンは即座に手を差し出す。
「貸して」
「え?」
「僕がやるから」
迷いのない判断だった。
シンがくすりと笑う。
「レオン」
「なんだよ」
「系統は違うけどさ」
少し得意げに胸を張る。
「俺ですら最近は魔力の感覚掴めてきたぞ?」
レオンの眉がぴくりと動く。
そこへ追い打ちをかけるように、今度はアズールが声を上げた。
「えぇ!?」
本気で驚いた表情だった。
「まさか……」
信じられないものを見るような目でレオンを見る。
「レオン」
「なんだよ!」
「お前……」
一瞬言葉を選ぶように口を閉じる。
そして恐る恐る尋ねた。
「魔力……扱えないのか?」
静寂。
その場にいた全員の視線が、一斉にレオンへ集まる。
アズールはなおも困惑したまま続けた。
「あれだけの力を使っておいて……?」
レオンの顔がみるみる赤く染まっていく。
頬だけではない。
耳まで真っ赤だった。
「うるせぇぇぇ!!」
勢いよく立ち上がり、レオンは叫んだ。
その瞬間。
「あっはっはっは!」
アッシュは腹を抱えて大笑いし、
「はははは!」
シンは机を叩きながら笑い転げ、
「ふふっ……!」
メルまで口元を押さえながら笑いを堪えていた。
普段は冷静なユージンでさえ肩を震わせ、リシェルの口元もほんの僅かに緩んでいる。
「笑うなぁぁぁ!!」
レオンの悲痛な叫びが青空へ響き渡る。
その声を聞いて、近くで作業をしていた職人達まで何事かと振り返り、事情を知るとまた笑い出した。
笑い声はいつまでも絶えることなく、その場を包み込んでいく。
ついこの間まで、それぞれが命を懸けて戦っていたとは思えないほど穏やかな時間。
青空の下に響く賑やかな笑い声は、誰もが願っていた平和そのものだった。




