旅の仲間③
ファルガの家が見えてきた頃には、遠くからでも賑やかな声が聞こえてきた。
木槌が木材を打つ乾いた音。
職人達の威勢のいい掛け声。
あちこちで弾ける笑い声。
新しい家が少しずつ形になっていく、そんな活気に満ちた音色だった。
レオン達が近付くにつれ、見知った顔が次々と目に入る。
木材を運ぶ大工達。
その横で汗を流しながら手伝う街の住人達。
そして――。
「ふぅ……」
額に滲んだ汗を手拭いで拭う一人の青年。
アズールだった。
以前身に纏っていた血濡れた鎧姿ではない。
袖をまくった作業着姿で、肩には木材を担いでいる。
まだ慣れない手付きではあるものの、その動きには真剣さが滲んでいた。
一生懸命、この町の一員になろうとしていることが伝わってくる。
その姿を見たレオンは思わず笑みを浮かべる。
「やってんな! アズール!」
その声にアズールが勢いよく振り返った。
そして、ぱっと顔を綻ばせる。
「レオン!」
心から嬉しそうな声だった。
アズールは周囲を見渡し、大きく腕を広げる。
「見てくれ!」
誇らしげな笑みを浮かべる。
「皆が俺達のために家を作ってくれてるんだ!」
その言葉につられ、レオンも建築途中の家へ視線を向けた。
立ち始めた柱。
組み上げられた骨組み。
整然と積まれた木材。
まだ完成には程遠い。
それでも、確かにそこには「家」の形が生まれ始めていた。
「あぁ、聞いたよ」
レオンは頷く。
「さっきハイロさんに会った」
そして優しく笑った。
「よかったな、アズール」
アズールも静かに微笑む。
「あぁ」
その視線は建築途中の家へ向けられていた。
「ここから始めるんだ」
一度だけ息を吸い込む。
「メルと一緒に」
その短い言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
失ったものは、もう戻らない。
それでも立ち止まらず、前へ進む。
その覚悟が、穏やかな笑みの奥に宿っていた。
すると。
「おぅおぅ」
頭上から茶化すような声が降ってくる。
「お熱いねぇ」
見上げると、家の骨組みの上で木材を肩に担いだアッシュが、にやにやと笑っていた。
レオンは呆れたように肩を竦める。
「お前だってジニーと仲良いじゃないか」
「うるせぇ」
返事は即答だった。
その肩の上ではジニーが楽しそうに鳴く。
「キュイィ~♪」
まるで自分も会話に参加しているかのようなタイミングだった。
その声に周囲からどっと笑いが起こる。
アッシュは少しだけ頬を赤くしながら怒鳴った。
「ほら! 笑ってねぇで手ぇ動かせ!」
「はいはい!」
「照れてんなよ!」
「誰がだ!」
大工達まで腹を抱えて笑っている。
そんな賑やかな空気の中、不意にシンの家の方から数人の姿が現れた。
先頭を歩くのはシンの母。
その後ろにはレイ。
そして――。
「レオン!」
弾むような明るい声が響いた。
両手で大きなお盆を抱えたメルが、小走りで駆け寄ってくる。
盆の上には、湯気を立てる大量のおにぎりが並んでいた。
「三人とも来てたんだ!」
満面の笑みだった。
あの悲しみに沈んでいた表情は、もうどこにもない。
「ちょうどこれからお昼なの!」
「よかったら食べて!」
その笑顔を見たレオンは、思わず目を細めた。
「メル……」
どこか感慨深げに呟く。
「すっかり元気になったな」
「えへへ……」
メルは照れ臭そうに笑った。
だが、その時だった。
レオンの視線が、ふとお盆の上へ落ちる。
「……」
固まった。
ユージンも気付く。
リシェルも無言で見つめていた。
シンの母やレイが持っているおにぎりは、綺麗な三角形。
大きさも揃い、見事な出来栄えだった。
一方で、メルのお盆に並ぶおにぎりは――。
丸いもの。
三角のもの。
四角っぽいもの。
何故か細長いもの。
大きいものもあれば、小さなものもある。
形も大きさも実に自由奔放だった。
三人は顔を見合わせる。
(メルだな)
(メルだね)
(……メル)
心の声が見事に一致する。
王女として育った彼女に料理の経験などあるはずがない。
むしろ、ここまで作れるようになっただけでも十分立派だった。
そんな三人の内心など知らず、メルは期待に満ちた瞳でお盆を差し出す。
「どうぞ!」
逃げられない。
レオンは覚悟を決めた。
「お、おう!」
恐る恐る一つ手に取る。
形は何とも言えない楕円形。
少しだけ崩れかけている。
意を決して口へ運んだ。
もぐっ。
そして――。
「……あれ?」
思わず目を瞬かせる。
予想と違った。
米はふっくらと炊き上がり、塩加減もちょうどいい。
さらに中からは香ばしい焼き魚の旨味がじんわりと広がってきた。
「うめぇ!」
思わず大きな声が飛び出す。
その声に周囲が一斉に振り返った。
メルの顔がぱっと花が咲いたように明るくなる。
「本当!?」
「あぁ、本当だ!」
レオンは夢中でもう一口頬張る。
「普通にうまい!」
ユージンも一つ手に取り、口へ運ぶ。
「どれどれ……」
一口食べると、自然と笑みがこぼれた。
「うん」
「本当に美味しい」
リシェルも黙って一つ手に取る。
静かにもぐもぐと咀嚼し、やがて小さく頷いた。
「……美味しい」
短い一言。
だが、それが彼女なりの最大級の賛辞だった。
「やった!」
メルは飛び上がらんばかりに喜ぶ。
ユージンは感心したように尋ねた。
「メルが作ったのかい?」
「うん」
メルは照れ臭そうに頬を掻く。
「シンのお母さんに教えてもらったの」
その後ろで、シンの母が優しく微笑む。
「飲み込みが早いんですよ」
「最初は米を炊くことさえ一苦労だったんだけど…」
その言葉にメルは顔を真っ赤にした。
「わ、わわっ! それは言わないでください!」
慌てる姿に、周囲からまた笑い声が広がる。
青く澄み渡る空の下。
皆で囲む昼食。
漂う木の香り。
絶えない笑い声。
そして、人々の優しい笑顔。
アルケイアを失い、全てを奪われた少女が、ようやく辿り着いた場所。
それは豪華な王宮ではない。
温かな人々に囲まれた、小さな町の日常だった。
メルはその光景を胸いっぱいに見渡しながら、幸せそうに微笑む。
その笑顔はもう、王女としてのものではない。
一人の少女として手に入れた――穏やかな日常そのものだった。




