情報整理
数日後――。
ルミナリア王立学園。
校舎の一角にある会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
長机を囲むように腰を下ろすのは、レオン、ユージン、リシェルの三人。
その正面には、腕を組んだディルクが静かに座っている。
窓から差し込む穏やかな陽光が部屋を明るく照らしているにもかかわらず、その場の空気だけはどこか張り詰めていた。
理由は明白だった。
アズールとの出会い。
メル王女の保護。
アルケイア王国滅亡の真相。
そして――英雄の遺産。
今しがた、その全てを報告し終えたばかりだった。
部屋を静寂が支配する。
誰も口を開かない。
やがて、ディルクはゆっくりと片手で額を覆い、大きく息を吐いた。
「……レオン」
低く、重い声。
その一言だけで、三人の肩がぴくりと震える。
「はい」
レオンが恐る恐る返事をする。
ディルクは額を押さえたまま、さらに深いため息を漏らした。
「お前達は何故……」
言葉を切る。
そして、心の底から疲れ果てたような声音で続けた。
「次から次へと拾い物を持ち込んでくるのだ……」
一瞬、部屋が静まり返る。
レオンは気まずそうに視線を逸らした。
ユージンは誤魔化すように小さく咳払いをする。
リシェルは相変わらず無表情のまま、静かに目を伏せていた。
「いや……その……」
「すいません……」
レオンが小さく頭を下げる。
ディルクは眉間を押さえたまま、頭痛を堪えるように首を振った。
本当に問題児達である。
任務へ向かわせる度に、予想外の事件を持ち帰ってくる。
普通なら有り得ない。
しかし――。
今回に限って言えば、彼らだからこそ掴めた情報だったこともまた事実だった。
ディルクは小さく息を吐くと、姿勢を正した。
「……だが」
空気が変わる。
教官としての顔だった。
「メル王女の証言から考えるに」
静かに全員を見渡す。
「敵の目的が英雄の遺産であることは、ほぼ間違いないだろう」
三人の表情が引き締まる。
「そして」
ディルクの眼光が鋭さを増した。
「黒幕は、おそらくボルナートで間違いない」
重い言葉だった。
部屋の空気がさらに沈む。
ユージンが腕を組み、静かに口を開いた。
「問題はそこですね」
思考を整理するように言葉を紡ぐ。
「彼が今、どこに身を潜めているのか……」
全員が耳を傾ける。
「アルケイアは既にエルナディア軍が制圧しているはずです」
少し考え込んでから続けた。
「そうなると、可能性が高いのはバルディオスかリヴァリアでしょう」
筋の通った推論だった。
だが、ディルクは静かに首を横へ振る。
「その考えは早計だぞ、ユージン」
「え?」
「エルナディアが直接関与している可能性も、まだ捨て切れん」
その言葉を聞いた瞬間、レオンが「あ……」と小さく声を漏らした。
全員の視線が集まる。
レオンは腕を組みながら記憶を辿る。
「ガリューン達が使ってた魔具さ」
「あれって、元々ケンジャがエルナディアで研究してた物だったよな」
その一言で、ユージンも表情を変えた。
「……確かに」
点だった情報が繋がる。
すると、レオンの鞄が小さく揺れた。
ひょこりと顔を覗かせたケンジャが、気怠そうな声で口を開く。
「……あぁ」
腕を組み、鼻を鳴らす。
「その通りだ」
顎を撫でながら、さらに続けた。
「もっとも――私はリヴァリアは白だと思っているがね」
「何故だい?」
ユージンが問い返す。
ケンジャは肩を竦めた。
「接点が無い」
短い返答だった。
「閉鎖国家だからこそ、余計にな」
ディルクも静かに頷く。
「うむ」
「確かに、ボルナートやセイルと直接繋がっているとは考えにくい」
しかし。
そこで言葉を切る。
「……だが」
三人が続きを待つ。
「逆に言えば」
ディルクは低い声で告げた。
「隠れ蓑としては、この上なく都合が良い国でもある」
部屋は再び静まり返った。
否定もできない。
肯定するだけの証拠もない。
誰もが考え込む。
しばらくして、レオンがゆっくりと顔を上げた。
「なぁ、教官」
「なんだ?」
レオンは一度だけ息を吸い込む。
そして真っ直ぐディルクを見据えた。
「リヴァリアに行ってみてもいいか?」
その瞬間。
会議室の空気が止まった。
「レオン」
真っ先に口を開いたのはユージンだった。
呆れたように額へ手を当てる。
「今の話、ちゃんと聞いてたかい?」
「聞いてた」
「リヴァリアは閉鎖国家なんだよ?」
「知ってる」
「人を寄せ付けない国なんだ」
ユージンは大きくため息を吐く。
だが、ディルクも同じ考えだった。
「ユージンの言う通りだ」
教官らしい厳しい声音。
「入国する術も無ければ、危険も計り知れん」
「普通なら却下だ」
しかし。
レオンだけは妙に自信ありげだった。
「それなんだけどさ」
三人が彼を見る。
レオンは頭を掻きながら苦笑する。
「俺達……リュクシアまでなら、いつでも入れるんだ」
一瞬。
ユージンの目が大きく見開かれた。
「あっ――」
思い出した。
以前、リュクシアで与えられた特別な権利を。
「入国許可証……」
レオンは頷く。
「そう」
リュクシア王国。
そして王妃フロスディアとの縁。
それは、他国の者では決して得られない特別な繋がりだった。
「確実じゃない」
レオンは静かに言う。
「でもさ」
「フロスディア様に頼めば」
「何か方法があるかもしれない」
沈黙が流れる。
誰もすぐには答えなかった。
無茶な提案だ。
危険極まりない。
普通なら即座に却下される。
だが――。
全く根拠の無い話でもなかった。
ディルクは腕を組み、深く考え込む。
長い時間が流れた。
そして。
ゆっくりと顔を上げる。
視線の先には、真っ直ぐこちらを見つめるレオンの姿。
その瞳には、一切の迷いがなかった。
ディルクは小さく息を吐く。
「……分かった」
レオンが顔を上げる。
ユージン達も驚いた表情を浮かべた。
「万が一に備え」
ディルクは静かに続ける。
「彼女を同行させる」
レオンが首を傾げた。
「彼女?」
だが、ディルクは答えない。
代わりに意味深な笑みを浮かべた。
「そのうち分かる」
そう言うと、今度は教官ではなく、一人の大人としてレオンを見つめる。
「レオン」
「ん?」
「言っても無駄なのだろうが……」
苦笑混じりに肩を竦める。
「絶対に無茶はするな」
レオンは苦笑しながら答えた。
「わかってる」
「……だろうな」
ディルクも思わず笑みを漏らす。
ユージンは額を押さえ、リシェルは小さくため息を吐いた。
いつもの光景だった。
それでも。
ディルクは最後だけは真剣な眼差しで告げる。
「必ず帰ってこい」
その一言には、教官としてだけではなく、彼らを案じる気持ちが込められていた。
レオンも表情を引き締める。
力強く頷いた。
「あぁ」
その返事を聞き、ディルクも静かに頷く。
こうして新たな任務が動き始める。
次なる目的地は――閉ざされた国、リヴァリア。
その地で待ち受ける運命を、まだ誰も知る由はなかった。




