居場所②
ファルガの家を後にし、レオン達は街道へと歩き始めた。
西へ傾いた陽は、街並みを柔らかな橙色に染め上げている。
吹き抜ける夕風が火照った身体を心地よく撫で、遠くでは子ども達の笑い声が響いていた。
穏やかな一日の終わり。
そんな空気の中、ユージンが大きく背伸びをする。
「ふぅ……それじゃあ僕達も学園へ戻ろうか」
その言葉に、隣のリシェルが小さく頷いた。
「……うん」
家の前では、メルとアズールが見送りに立っていた。
アズールは真っ直ぐレオン達を見つめる。
そして静かに一歩前へ出ると、深々と頭を下げた。
「三人共……本当に感謝している」
落ち着いた声だった。
しかし、その一言一言には偽りのない感謝が込められている。
「お前達がいなければ、俺達は今ここにはいなかった」
拳を静かに握り締める。
「お前達のためなら……俺はいくらでも剣を振るおう」
その真っ直ぐすぎる言葉に、ユージンは思わず苦笑した。
リシェルも小さく息を漏らし、僅かに表情を和らげる。
だが――。
「なに言ってんだ」
肩を竦めながら笑ったのはレオンだった。
アズールが顔を上げる。
レオンはどこか呆れたように笑いながら言う。
「お前の剣は、メルを守るための剣だろ?」
一瞬、時間が止まった。
アズールの目が僅かに見開かれる。
隣ではメルも驚いたようにレオンを見つめていた。
やがて。
「あぁ……そうだったな」
アズールは照れ臭そうに笑った。
その笑顔には、これまで胸の奥に抱えていた迷いが消え去ったような清々しさがあった。
メルも嬉しそうに微笑む。
夕暮れの穏やかな風が、静かに五人の間を吹き抜けていく。
別れの時間だった。
――そのはずだった。
「……おいおい」
呆れたような声が響く。
全員が振り返ると、そこには腕を組んだアッシュが立っていた。
「もう帰る気かよ?」
「ん?」
レオンが首を傾げる。
アッシュはニヤリと口角を吊り上げた。
「せっかく久々に会ったんだ。」
「少しくらい鍛錬に付き合えよ」
その瞬間だった。
レイが額へ手を当て、大きくため息を吐く。
「アッシュ……」
呆れ切った声。
「レオン達は任務帰りなんですよ?」
「また今度にしたらどうです?」
至極もっともな意見だった。
その場にいた誰もが同じことを思った。
――ただ一人を除いて。
「いや」
レオンが笑った。
全員の視線が集まる。
「全然いけるぜ」
肩を軽く回しながら木刀でも握るように拳を開閉する。
「軽く揉んでやるさ」
しん、と場が静まり返る。
そして。
「あぁ?」
アッシュの口元がゆっくりと吊り上がった。
額には青筋が浮かび、瞳には闘志が宿る。
「上等だ……!」
二人の間で火花が散るような空気が生まれる。
その様子を見たユージンは盛大なため息を吐いた。
「始まった……」
リシェルも冷めた目で二人を見つめる。
「……学ばない」
そんな中、アッシュは今度はアズールへ視線を向けた。
「アズール……だったか?」
「ん?」
「お前もどうだ?」
挑発するような笑み。
突然の誘いにアズールは少し驚いた表情を見せる。
そして隣に立つメルへ視線を向けた。
メルもまた静かにアズールを見つめ返す。
二人の視線が重なる。
短い沈黙。
やがてメルは優しく微笑み、小さく頷いた。
その笑顔を見たアズールも自然と口元を緩める。
「分かった」
一歩前へ出る。
「手加減はしないぞ?」
今度はレオンが楽しそうに笑った。
「望むところだ」
それから程なくして。
ファルガの家の庭先には、四人の男達が集まっていた。
それぞれの手には木刀。
レオン。
アズール。
アッシュ。
そして――。
「なんでお前まで構えてんだ?」
レオンが呆れたように尋ねる。
木刀を肩に担いでいたのはシンだった。
「いや、なんか面白そうでさ!」
得意げに笑うシン。
するとファルガが即座に眉をひそめた。
「おい、シン」
「お前はまだリハビリ中だろ」
「わ、分かってるって!」
シンは慌てて木刀を下ろした。
「流石に今は見るだけだよ!」
「ならいい」
ファルガは腕を組み、安心したように頷く。
そのまま庭の隅へ立ち、息子達の様子を見守ることにした。
一方、少し離れた場所ではユージン達がその様子を眺めていた。
レイは呆れたように肩を落とす。
「……全く」
ユージンも苦笑しながらため息を吐く。
「はぁ……元気だねぇ」
そしてリシェルは一言だけ。
「……馬鹿」
三人三様の反応だった。
だが。
そんな賑やかな光景を見つめながら、メルは自然と笑みを浮かべていた。
その腕の中にはジニーがいる。
「キュイ♪」
機嫌良さそうに鳴くジニーを優しく抱き寄せ、柔らかな毛並みをそっと撫でる。
視線の先では、木刀を構えた男達が互いに笑い合っている。
騒がしい声。
絶えない笑顔。
何気ない日常。
失ったものは数え切れないほどあった。
もう二度と戻らない人もいる。
それでも――。
今、この場所には確かな温もりがあった。
安心できる家があり。
笑い合える人達がいて。
守ってくれる仲間がいる。
メルは胸の前でジニーをそっと抱き締め、小さく微笑む。
「……よかった」
その呟きは夕風に溶け、誰の耳にも届くことはなかった。
けれど、その笑顔はアルケイアで見せていた王女のものではない。
一人の少女として取り戻した、心からの笑顔だった。
「行くぞ!」
「来い!」
「負けねぇぞ!」
次の瞬間、男達の威勢のいい声が庭中に響き渡る。
それを見たメルは思わず吹き出した。
その笑い声は夕暮れの空へと優しく溶け込み、温かな時間だけが静かに流れていくのだった。




