水槍の暗殺者③
森の奥を、重々しい足音が響いていた。
先頭を進むのは四体のガロウ種。
黒鉄のような外殻を軋ませながら、獣達は鼻を鳴らし、地面に残された僅かな匂いを辿っていく。
その後方を、一人の男が静かに歩いていた。
深い蒼を基調とした外套。
背には一本の長槍。
穂先へ埋め込まれた水属性の魔石が、木々の隙間から差し込む陽光を受け、鈍く蒼い輝きを放っている。
グラナスは歩みを止めた。
その視線の先には、岩肌を穿つ洞穴。
そして、その入口に一人の少年が立っていた。
「……何故、貴様がいる」
低く抑えた声が森に溶ける。
グラナスはゆっくりと長槍を構えた。
それに応えるように、レオンも剣の柄へ手を掛ける。
忘れるはずがない。
ハウリス山脈で刃を交えた、あの槍使い。
レオンは確信を込め、その名を呼んだ。
「……グラナス!」
一瞬で空気が張り詰める。
その背後から、アズール達も洞穴の外へ姿を現した。
レオンの隣に並ぶアズール。
さらに後方では、リシェルがメルとユージンを庇うように立っている。
その布陣を見渡し、グラナスは静かに目を細めた。
「……貴様ら。その二人が何者か理解した上で庇っているのか?」
「あぁ、分かってるさ」
レオンは剣を抜き放つ。
澄んだ金属音が森へ響いた。
「てめぇが、俺達の敵だってことがな!」
言葉が終わるより早く、レオンが地面を蹴る。
同時にアズールも一直線に駆け出した。
それに呼応するように、四体のガロウ種が一斉に咆哮を上げる。
牙を剥き、獲物へ飛び掛かった。
一体が真っ先にレオンへ襲い掛かる。
鋭い牙。
鉄すら噛み砕く顎。
だが、レオンは微動だにしない。
剣へ一気にマナを流し込む。
刀身が眩い白光を放った。
「――はぁぁぁッ!!」
渾身の一閃。
ガロウは真正面から噛み砕こうと大口を開く。
しかし――。
バキィィッ!!
鈍い破砕音。
砕け散ったのは剣ではない。
ガロウの牙だった。
勢いを失わない白刃は、そのまま口元から胴体を真っ二つに断ち切り、尾まで一直線に斬り裂く。
鮮血が弧を描き、巨体が左右へ崩れ落ちた。
「……っ」
グラナスの瞳が僅かに細められる。
一方、アズールにも一体のガロウが迫っていた。
鋭い爪が唸りを上げて振り下ろされる。
アズールは慌てない。
剣を滑らせるように添え、爪の側面へ当てる。
軌道が逸れた。
ほんの一瞬生まれた隙。
その瞬間、アズールは身体を捻りながら一回転する。
遠心力を乗せた剣閃が、ガロウの首を一息に刎ね飛ばした。
宙を舞う首。
鮮血が霧のように散る。
残る二体が怒り狂ったように飛び掛かる。
だが――。
「……凍れ」
後方から静かな声が響いた。
リシェルの杖が青白く輝く。
次の瞬間。
巨大な氷塊が唸りを上げて放たれ、二体まとめて飲み込んだ。
轟音とともに吹き飛ばされたガロウ達は、木々をなぎ倒しながら森の奥へ転がっていく。
「チッ……」
グラナスが小さく舌打ちした。
ガロウでは足止めにもならない。
そう判断したのだろう。
「行け」
短い命令。
直後、背後で待機していたキラーマンティスが爆発的な速度で飛び出した。
同時に、グラナスも長槍を構える。
穂先へ埋め込まれた魔石が眩く輝いた。
ギィィィン――!!
耳障りな共鳴音が森へ響く。
槍先へ激流が巻き付き、圧縮された水流が高速回転を始める。
まるで水そのものが一本の刃へと変貌したかのようだった。
グラナスは一直線にレオンへ突撃する。
一方、キラーマンティスはアズールへ肉薄した。
巨大な鎌が唸りを上げる。
アズールは剣を横へ滑らせ、刃ではなく鎌の腹へ当てた。
軌道が逸れる。
その一瞬で懐へ潜り込む。
「――ッ!」
鋭く踏み込み、剣を突き出す。
刃が肩殻を貫いた。
ギャァァァァァッ!!
甲高い絶叫が森に響く。
その頃には、レオンも剣へ限界までマナを注ぎ込んでいた。
「――飛べぇぇぇッ!!」
振り抜かれた白い斬撃が空を裂く。
迎え撃つのは、水流を纏った槍。
激突。
轟音。
衝撃波。
爆散した水飛沫が白い霧となって周囲を包み込む。
それでもグラナスは止まらない。
だが、その瞬間。
ぞくり、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
本能が危険を告げる。
グラナスは反射的に後方へ飛び退いた。
直後――。
ゴォォォォォッ!!
先程まで彼が立っていた地面を突き破り、巨大な氷柱が天へ向かって突き上がる。
鋭く尖る氷柱の向こう。
リシェルの杖がなお青白い光を放っていた。
しかし彼女は小さく眉を寄せる。
「……避けられた」




