水槍の暗殺者②
突然の叫びに、洞穴の空気が一変した。
張り詰めた静寂が広がる。
レオン達は思わず顔を見合わせた。
「……来るって、何がだ?」
レオンが問い掛ける。
メルは小刻みに肩を震わせながら、ゆっくりと虚空から視線を戻した。
その顔は血の気を失い、瞳には拭い切れない恐怖が宿っている。
「あの槍使いが……私達を追って来てる……」
震える声だった。
その言葉に、アズールの表情が険しくなる。
脳裏に浮かぶのは、あの霧深い森での惨劇。
仲間達を容赦なく貫いた水槍。
まるで命を刈り取るためだけに存在するかのような静かな殺意。
深い蒼を纏う槍使い――グラナス。
気付けばアズールは、拳が白くなるほど強く握り締めていた。
重苦しい空気の中、ユージンが静かに口を開く。
「……さっきから、一体何の話をしているんだい?」
その問いに、アズールはすぐには答えなかった。
俯き、しばらく黙り込む。
やがて諦めたように息を吐き、静かに口を開いた。
「……メルは、予知能力を持っている」
「――は?」
思わず声を漏らしたのはレオンだった。
隣のリシェルも、珍しく目を僅かに見開いている。
この世界には数え切れないほどの魔法が存在する。
火、水、風、雷、土の基本属性。
そこから派生する特殊属性。
回復魔法、探知魔法、召喚魔法。
さらには人それぞれ異なる固有魔法。
しかし――未来を視る力など、一度として耳にしたことがなかった。
それは魔法という枠組みすら超えた、常識の外側にある力だった。
皆の視線を受け、メルは不安そうに身を縮こませる。
「……急がないと……ここにいたら……見つかる……」
その一言が、洞穴の空気をさらに重く沈ませた。
アズールは俯いたまま、小さく呟く。
「……レオン」
「あ?」
「……メルを連れて、この場を離れてくれないか」
その場の空気が止まる。
メルが息を呑み、目を見開いた。
「……っ!? どういうこと……!?」
しかしアズールはメルの方を見ようとしなかった。
「……俺が奴を食い止める」
「アズール!」
悲痛な声が洞穴に響く。
それでもアズールは決意を曲げない。
「レオン……後のことは、お前達に頼んでもいいか?」
その声には覚悟があった。
ここで命を捨てる覚悟が。
メルは涙を滲ませながら必死に首を振る。
「嫌……! 逃げよう、アズール……! あなたまでいなくなったら、私……!」
その時だった。
「……駄目だ」
低く、それでいてよく通る声が洞穴に響いた。
アズールが顔を上げる。
ユージンも驚いたようにレオンを見る。
「レオン?」
だがレオンは視線を逸らさない。
真っ直ぐアズールだけを見据え、静かに言った。
「アズール、お前は罪を償わなきゃならない」
その言葉に、アズールの身体が僅かに震える。
「ルミナリアへ連れて帰る。そのために、そいつが邪魔をするって言うなら――」
レオンは腰の剣へ手を掛けた。
鋭い音とともに、僅かに刀身が姿を覗かせる。
「俺がぶっ飛ばしてやる!」
力強い声が洞穴に響き渡った。
アズールは目を見開く。
「……レオン」
「だから――」
レオンは迷いなく手を差し伸べた。
「ルミナリアに来い、アズール!」
その真っ直ぐな瞳に、迷いはなかった。
ユージンは呆れたように小さく笑う。
「……まったく。君は本当に無茶ばかり言うね」
そう言いながらも、自然とレオンの隣へ歩み寄る。
「でも……僕も、この二人を見捨てる気はないよ」
続いてリシェルも静かに立ち上がった。
「……放っておくの、嫌」
三人が肩を並べる。
敵国の人間。
本来なら刃を交えるはずの相手。
それなのに、誰一人としてアズールを切り捨てようとはしなかった。
アズールの喉が震える。
どうしてだ。
どうして、ここまでしてくれる。
自分は罪を犯した。
人を襲い、多くを傷つけた。
それなのに――。
「……アズール……」
メルが涙を浮かべながらアズールを見つめる。
アズールは静かに目を閉じた。
リーブ。
バルロ。
そして父。
命を懸けて自分達を逃がしてくれた仲間達の姿が、次々と脳裏を過ぎる。
守れなかった命。
救えなかった人達。
それでも――。
まだ終わるわけにはいかない。
今度こそ、この手で守らなければならない。
アズールはゆっくりと目を開き、差し伸べられたレオンの手を見つめる。
そして、震える手を伸ばした。
固く、その手を握り返す。
「……頼む!」
その声には、確かな意志が宿っていた。
レオンは力強く頷く。
「ああ!」
四人は並んで洞穴の入口へ歩き出す。
その先には、まだ姿の見えない槍使い。




