夜襲の守り人⑧
静寂が洞穴を包み込んだ。
誰も口を開かない。
聞こえてくるのは、焚き火が薪を爆ぜさせる乾いた音だけだった。
ぱち――。
ぱちっ。
揺らめく炎が岩壁を赤く照らし、四人の影をゆっくりと揺らしている。
レオンたちは、それぞれ険しい表情のまま黙り込んでいた。
王を裏切った弟。
国を滅ぼした軍。
そして魔装兵器獣。
どれも信じ難い話ばかりだ。
あまりにも話の規模が大きすぎて、すぐには整理が追いつかない。
そんな重苦しい空気の中、アズールは焚き火の炎を見つめたまま、再び静かに口を開いた。
「……ボルナートは、エルナディアが攻めてきたのと、ほぼ同じ頃に姿を消していた」
その声には、押し殺した怒りが滲んでいる。
「最初は……前線で指揮を執ってるんだと思ってた」
国を守るために戦っているのだと。
誰も疑わなかった。
だが――。
「王都が襲われた、あの日」
拳が小さく震える。
「奴は仲間を連れて……王宮へ乗り込んできた」
脳裏に焼き付いて離れない光景。
血に染まった廊下。
次々と倒れていく近衛兵。
剣戟と悲鳴が響く城内。
そして、その中心で何の感情も浮かべず立っていた男。
ボルナート。
実の兄へ牙を剥いた男の、あまりにも冷たい瞳。
「……奴は、何かを探していた」
ぽつりと漏らす。
ユージンが静かに問い掛けた。
「……何を?」
アズールは少しだけ目を伏せる。
そして、低く答えた。
「――"英雄たちの遺産"」
その言葉が、静かな洞穴へ重く響く。
「俺には何のことなのか分からない」
小さく首を振る。
「でも、奴らは間違いなくそれを探していた」
「英雄たちの遺産……」
レオンが眉をひそめる。
その隣で、ユージンは顎へ手を添えながら考え込んだ。
「……おそらく、七英雄が遺した何かなんだろうね」
「七英雄……」
レオンも小さく呟く。
これまで歴史の教科書でしか知らなかった存在。
しかし最近、その名は不思議なほど現実味を帯び始めていた。
アズールは話を続ける。
「ボルナートは……メルに遺産の在りかを聞いていた」
悔しそうに歯を食いしばる。
「でも、メルは本当に何も知らなかった」
少なくとも、自分の知る限りでは。
王女である彼女が、そんな秘密を知っている様子は一度もなかった。
しかし――。
「それでも奴らは信じなかった」
その一言に、抑えきれない怒りが滲む。
「メルを人質にして……国王から聞き出そうとしたんだ」
「……っ」
レオンたちの表情がさらに険しくなる。
王女を人質に。
実の兄へ剣を向け。
国を滅ぼしてまで欲したもの。
それほどまでに価値のあるものだったのか。
――英雄たちの遺産とは。
「だから俺たちは……」
アズールは静かに俯いた。
「必死でメルを逃がした」
瞼を閉じる。
浮かぶのは、あの日の仲間たち。
誰よりも前へ立ち続けた父の背中。
命を懸けて敵を食い止めたリーブ。
最後まで笑いながら剣を振るっていたバルロ。
誰一人として、自分の命を惜しまなかった。
「みんなが……時間を作ってくれた」
震える声で呟く。
「俺たちを逃がすために……命を懸けて」
言葉が途切れる。
洞穴には再び重い沈黙が流れた。
誰も軽々しく慰めの言葉を口にはできない。
あまりにも失われたものが大きすぎた。
ただ、静かに焚き火の炎だけが揺れている。
その時だった。
布に包まれて眠っていたメルの指先が――。
ぴくり、と小さく動いた。




