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夜襲の守り人⑦

 洞穴の中には、焚き火の暖かな光が静かに広がっていた。


 先ほどまで肌を刺していた冷気は和らぎ、岩肌を照らす橙色の炎が、どこか人の営みを感じさせる空間を作り出している。


 メルは何枚もの布に包まれたまま、静かに眠っていた。


 呼吸はまだ浅い。


 それでも、先ほどまで苦しげに乱れていた息遣いは少しずつ落ち着きを取り戻している。


 その額へそっと手を当てたユージンは、小さく安堵の息を吐いた。


「……熱は下がってきた」


 その一言に、レオンの表情もようやく和らぐ。


「助かったのか?」


「まだ安心はできないけどね」


 ユージンは苦笑しながら首を横に振る。


「でも、一番危ないところは越えたと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、アズールの肩からふっと力が抜けた。


「……そうか」


 ぽつりと呟き、そのまま岩壁へ身体を預ける。


 拘束された両腕。


 疲れ果てた表情。


 その姿は、もはや凶悪な山賊には見えなかった。


 しばらく静かな時間が流れる。


 焚き火の音だけが、洞穴の中へ小さく響いていた。


 やがてレオンが火の前へ腰を下ろし、静かに口を開く。


「……で?」


 その声は落ち着いていた。


「そろそろ事情を聞かせてもらうぞ」


 アズールは返事をせず、焚き火をじっと見つめる。


 揺れる炎を眺めながら、何かを整理するようにゆっくりと目を閉じた。


 そして意を決したように口を開く。


「……俺の名はアズール」


 静かな声だった。


「アズール・ラダフット」


 レオンは小さく頷く。


「俺はレオン」


 親指で後ろを示す。


「そっちがリシェル。こっちがユージンだ」


 ユージンは軽く会釈し、リシェルも無言で小さく頭を下げた。


 改めてレオンがアズールを見据える。


「それで、アズール」


 少しだけ表情を引き締める。


「どうして行商人なんか襲ってた?」


 アズールは目を伏せたまま黙り込む。


 するとユージンが静かに言葉を継いだ。


「それに……メル、だったね」


 眠る少女へ視線を向ける。


「ここまで悪化していたなら、どうして治療院へ行かなかったんだい?」


 アズールは苦しそうに息を吐いた。


「俺たちは……追われる身だった」


 掠れた声が洞穴へ響く。


「行商人を襲うより……もっと前から」


 レオンは頭を掻きながら眉をひそめる。


「元々犯罪者だったってことか?」


 少し棘のある口調になる。


「山賊になる前は何をやらかしたんだよ」


 その瞬間だった。


「違う!!」


 アズールが感情を爆発させる。


 洞穴の空気が、一瞬で張り詰めた。


「こんな事になる前は……俺たちは何一つ後ろめたい事なんてしてない!!」


 拳を固く握り締める。


 悔しさを押し殺すように、声が震えた。


「俺たちは……奪われたんだ」


 その一言は、重かった。


「家族を……友人を……」


 震える声が静かに消えていく。


 その表情を見たレオンは、はっとしたように口を閉ざした。


 目の前の青年は、嘘をついていない。


 そう直感する。


 レオンは小さく息を吐いた。


「……悪い」


 短く謝る。


「話してくれ」


 静かな声だった。


「お前たちに、何があったんだ」


 ユージンもリシェルも何も言わない。


 ただ黙ってアズールを見つめていた。


 アズールはゆっくりと目を閉じる。


 本来なら目の前にいるのは敵国の人間だ。


 憎むべき相手。


 剣を向けるべき相手。


 それなのに。


 彼らは素性も分からない自分たちを助けてくれた。


 敵国の少女かもしれないメルを、必死になって救ってくれた。


 その事実だけは、何一つ偽りではない。


 だからこそ。


 もう隠す理由はなかった。


 アズールは静かにメルへ視線を向ける。


「……彼女の名前は」


 一呼吸置き、ゆっくりと告げる。


「メルディア・アルケイアだ」


 その瞬間。


 洞穴の空気が凍りついた。


「アルケイア!?」


 レオンが目を見開く。


 リシェルもわずかに表情を動かした。


 ユージンは思わず息を呑む。


「……王女様?」


 三人の視線が、一斉に眠る少女へ向けられる。


 しかしアズールは、その反応を遮るように叫んだ。


「これだけは先に言わせてくれ!!」


 必死だった。


「俺たち王都にいた人間は……魔装兵器獣なんて何も知らなかった!!」


 震える拳へさらに力が入る。


「全部……ボルナートに仕組まれてた事なんだ!!」


「知らなかったで済むかよ!!」


 レオンの怒声が洞穴へ響く。


 堪えていた感情が溢れ出した。


「あいつらのせいで……!」


 脳裏に蘇るのは、壊された街。


 命を落とした人々。


 仲間たちが見てきた悲惨な光景だった。


「どれだけの人が苦しんだと思ってる!!」


 拳を握り締めたまま叫ぶ。


 その時だった。


「レオン!」


 ユージンがすぐ間へ入る。


「落ち着いて!」


「……っ」


「アズールに怒りをぶつけても仕方ないだろ!」


 レオンは悔しそうに歯を食いしばる。


 しばらく黙っていたが、やがて小さく舌打ちし、俯いた。


「……悪い」


 ユージンは再びアズールへ向き直る。


「話を続けて」


 アズールは静かに頷いた。


「……チャルナー国王は、昔から研究熱心なお方だった」


「研究?」


「あぁ」


 遠くを見るような目で続ける。


「魔物の生態系に変化が起きている事に、誰より早く気付いていた」


「変化……?」


「その原因を、ずっと調べ続けていたんだ」


 ユージンは眉を寄せる。


「それって……アルケイアがゼルガリアと戦争を始めた影響じゃないの?」


 だが、アズールは静かに首を横へ振る。


「違う」


「……?」


「チャルナー王が異変に気付いたのは……今から十年も前の話だ」


「十年前……!?」


 ユージンの顔色が変わる。


 もしそれが本当なら。


 最近の戦争だけでは、とても説明がつかない。


「じゃあ……原因は一体……」


 思わず考え込むユージンだったが、アズールは小さく首を振る。


「その話は後だ」


 そして静かに続ける。


「軍事のほとんどは……ボルナートって男に任されていた」


 その名を口にした瞬間、声へ濃い憎悪が滲んだ。


「俺たちが聞かされていたのは、ゼルガリアがアルケイアへ侵攻してきているって話だった」


 レオンが苦々しく呟く。


「実際は、その逆だったけどな」


「あぁ」


 アズールは悔しそうに頷く。


「だから分からなかった」


「どうしてエルナディアまで攻め込んでいるのか」


「どうしてルミナリアやシークナスまで敵に回しているのか」


 ユージンは静かに目を伏せる。


「……聞きづらいんだけど」


 慎重に言葉を選ぶ。


「どうしてチャルナー王は、そのボルナートをそこまで信用していたんだい?」


「研究に没頭していたとしても……軍を丸ごと任せるなんて」


 アズールは力なく笑った。


「それは……何も言い返せない」


 そして焚き火の炎を見つめながら、静かに口を開く。


「ボルナートは――」


 一拍の沈黙。


「チャルナー王の……実の弟だったんだ」


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