夜襲の守り人⑤
鋭い剣閃が、一直線にレオンへと振り下ろされる。
「っ!!」
レオンは反射的に身体を捻った。
だが、不意を突かれた一撃を完全には避け切れない。
剣先が右肩を掠め、布地と皮膚を浅く裂いた。
鮮血が霧のように舞う。
レオンは地面を蹴って後方へ飛び退き、素早く間合いを取り直した。
「レオン!!」
ユージンの声が飛ぶ。
肩を押さえたレオンは、傷口を一瞥すると首を横に振った。
「問題ない……!」
痛みに眉をひそめながらも、視線だけは目の前の襲撃者から外さない。
「掠っただけだ」
三人は改めて、その姿を見据えた。
そして思わず息を呑む。
「……子供?」
ユージンが驚きを隠せず呟いた。
武装した冒険者すら返り討ちにする危険な山賊。
そう聞けば、誰もが歴戦の大男を思い浮かべる。
しかし目の前に立っていたのは――。
痩せ細った、一人の青年だった。
年齢はレオンたちと大差ない。
頬はこけ、服は泥と乾いた血で汚れ、長く満足な食事も取れていないことが一目で分かる。
それでも、その瞳だけは獣のように鋭く、三人を睨みつけていた。
レオンは剣を構え直す。
「お前が、行商人を襲っていた山賊か!」
問い掛けても返事はない。
アズールは無言のまま剣を握り締め、三人を睨み続ける。
どうすれば追い返せる。
どうすればメルを守れる。
その思いだけが頭の中を埋め尽くしていた。
その時だった。
ユージンが静かに杖を掲げる。
「――癒術」
柔らかな緑色の光がレオンの肩を包み込んだ。
裂けた傷口がみるみる塞がり、流れていた血も止まっていく。
「っ……!」
アズールの表情が大きく揺らぐ。
回復魔法。
それも、一瞬で傷を塞ぐほど高度な癒術。
胸の奥に焦りが広がっていく。
勝てない。
その確信が、冷たい水のように心を満たしていった。
そして。
リシェルが静かに一歩前へ出る。
無表情のまま、杖を真っ直ぐアズールへ向けた。
「……氷縛」
その一言と同時に、周囲の空気が一変する。
肌を刺すような冷気が駆け抜けた。
「!?」
反応する間もなかった。
剣を握る腕。
そして両足。
そこへ巨大な氷塊が瞬時に生成され、身体ごと拘束する。
「なっ……!?」
剣を振り抜くこともできない。
身体は完全にその場へ縫い止められていた。
リシェルは杖を下ろし、淡々と告げる。
「……捕獲完了」
一瞬だった。
何が起きたのか理解した頃には、すべてが終わっていた。
「くっ……!!」
アズールは必死に身体を捩る。
腕に力を込め、脚を踏ん張る。
だが、氷は微動だにしない。
「離れろぉ!!」
叫びながら全身でもがく。
それでも拘束は解けなかった。
森を駆け回り続け、疲弊しきった身体では、氷を砕くだけの力など残っていなかった。
その姿を見届けると、レオンは警戒を解かぬまま剣を鞘へ収める。
「……呆気なかったな」
ユージンも静かに息を吐いた。
「これで任務完了……かな」
眼鏡を押し上げながら続ける。
「後は警備団へ引き渡せば――」
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間。
アズールの中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
終わった。
その一言が頭の中で何度も繰り返される。
ルミナリア。
敵国。
メル。
そして、自分たちを逃がすため命を懸けて戦ってくれた仲間たち。
様々な光景が脳裏を駆け巡る。
もし自分が捕まれば。
洞穴には、病に伏したメルが一人残される。
「ぁ……」
喉の奥から、かすれた声が漏れた。
悔しさ。
恐怖。
無力感。
張り詰めていた心が、ついに限界を迎える。
ぽたり、と。
一粒の涙が地面へ落ちた。
「……お、おい」
最初に気付いたのはレオンだった。
驚いたように目を見開く。
目の前で拘束されている山賊が――泣いていた。
アズールは俯いたまま、小さく口を開く。
「……行商人を襲っていたのは、俺だ」
震える声だった。
「煮るなり……焼くなり……好きにすればいい」
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳からは、先ほどまでの敵意が消えていた。
残っていたのは、たった一つの願いだけ。
「……洞穴の中で、メルが倒れてる」
「……?」
三人の表情が変わる。
「彼女は……何も悪くない」
震える唇で必死に言葉を紡ぐ。
「頼む……」
涙が止まらない。
それでも必死に頭を下げる。
「少しでも……少しでも哀れだと思ってくれるなら……」
声が詰まり、息が震える。
「メルを……助けてくれ……!」
森は再び静寂に包まれた。
風だけが木々を揺らし、葉擦れの音を響かせる。
レオンは頭を掻きながら、困ったように息を吐く。
それからユージンとリシェルへ目を向けた。
二人もまた、複雑な表情を浮かべている。
やがてレオンが静かに口を開いた。
「……事情は、ちゃんと説明してもらうぞ」
その声に敵意はなかった。
ユージンも小さくため息を吐き、穏やかな口調で続ける。
「……まずは、その子のところへ案内してもらおう」
そう言いながらも警戒だけは緩めない。
「拘束は、このままにさせてもらうけど……それでいいね?」
アズールはゆっくりと目を閉じる。
そして、小さく頷いた。
「……感謝する」




