夜襲の守り人④
木々の隙間から、アズールは息を潜めて三人の姿を見つめていた。
「…………」
呼吸を殺す。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳へ響く。
冷たい汗が背中を伝い、拳を握る手にはじっとりと汗が滲んでいた。
三人は周囲を警戒しながら、慎重に森の奥へと進んでいる。
その進行方向を目で追った瞬間――アズールの表情が凍りついた。
「まずい……」
喉の奥から、かすれた声が漏れる。
あの先には洞穴がある。
そして、その奥にはメルがいる。
アズールにとって、この世界でたった一人の家族。
何よりも守らなければならない存在だった。
さらに三人の身につけている衣服が、彼の不安を決定的なものにする。
胸元へ刻まれた紋章。
見間違えるはずがない。
ルミナリア――。
アルケイアを滅ぼした三国連合、その一角。
「なんで……こんな所に……!」
思わず唇を噛み締める。
偶然なのか。
それとも、自分たちを追ってきた追手なのか。
分からない。
だが、理由など関係なかった。
あの洞穴へ近づけるわけにはいかない。
アズールは音一つ立てぬよう木々の間を渡り、一定の距離を保ちながら三人の後を追う。
枝から枝へ。
木陰から木陰へ。
気配を徹底的に殺し、その動きを見失わないよう監視を続ける。
距離があるため会話までは聞こえない。
それでも分かることがあった。
彼らは慣れている。
ただ歩いているだけではない。
互いの位置を確認し、死角を補い合いながら進んでいる。
「……くそっ」
思わず拳に力が入る。
もし洞穴を見つけられたら。
もしメルの存在を知られたら。
その時は――。
「殺るしか……ない」
震える声で、自分に言い聞かせる。
差し違えてでも守る。
そう決めている。
しかし同時に、胸の奥では別の感情が渦巻いていた。
恐怖だった。
もし自分が死ねば。
病に伏せるメルは、誰が守る。
「俺は……」
どうすればいい。
答えは見つからない。
視線の先では、三人が静かに歩みを進めている。
年齢は、自分とそう変わらないように見えた。
だが――。
「……強い」
直感が告げていた。
後方から全体を見渡し、冷静に仲間へ指示を送る緑髪の青年。
その指示に即座に反応し、二人の中間で杖を構えて周囲を警戒する青髪の少女。
そして最前線。
二人を守るように歩く黒髪の剣士。
腰に帯びた剣には魔石が埋め込まれ、自然とその手は柄へ添えられている。
隙がない。
普通の冒険者ではない。
幾度も死線を越えてきた者たちの動きだった。
正面から戦えば勝てない。
そんなことは、一目見ただけで理解できる。
それでも――。
退くことだけは、できなかった。
◇
やがて三人は、洞穴のすぐ近くまで辿り着く。
アズールの鼓動が、一気に速くなる。
「頼む……」
木陰に身を潜めたまま、小さく祈る。
「気付くな……」
そのまま通り過ぎてくれ。
それだけでいい。
それだけを願っていた。
しかし――。
願いは、あまりにもあっさりと打ち砕かれた。
後方を歩いていた緑髪の青年――ユージンが、不意に足を止める。
「……?」
何かを感じ取ったように、その視線が洞穴へ向けられた。
そして、静かに前方を指差す。
黒髪の剣士と青髪の少女も、その方向へ顔を向けた。
「……っ!!」
全身から血の気が引く。
終わる。
見つかる。
メルが――。
頭の中が真っ白になった。
気づけば身体が動いていた。
地面を強く蹴り、木々の間を風のように駆け抜ける。
腰の剣を一気に引き抜き、そのまま一直線に飛び出した。
「近づくなぁぁぁぁぁッ!!」
張り裂けるような叫びが、静まり返っていた森へ轟く。
突如現れた影に、レオンたちの表情が一変した。
「っ!?」
「レオン!!」
振り上げられた剣が、迷いも躊躇もなくレオンへと振り下ろされる。
その一撃には、敵意だけではない。
――何があっても守り抜く。
そんな少年の悲痛な覚悟が、込められていた。




