夜襲の守り人③
早朝――。
空はまだ白み始めたばかりで、森は夜の名残を色濃く残していた。
朝霧が低く地を這い、木々の隙間をゆっくりと流れていく。
冷えた空気が肌を刺し、吐く息はわずかに白い。
静寂に包まれた野営地で、焚き火だけが小さく揺らめいていた。
ぱちっ――。
薪が爆ぜる乾いた音が、静まり返った森へ吸い込まれていく。
「……」
焚き火の前に腰を下ろしたレオンは、剣を手の届く位置に置いたまま、油断なく森の奥へ視線を向けていた。
昨夜と何も変わらない。
鳥のさえずりはなく、虫の羽音すら聞こえない。
森そのものが息を潜め、何かを待ち構えているような、不気味な静けさだけが辺りを支配していた。
少し離れた場所には二張りのテント。
その一つではリシェルが静かに眠り、もう一方ではユージンが焚き火のそばで毛布にくるまり、浅い眠りについている。
完全に眠っているわけではない。
いつでも飛び起きられるよう、あえて意識を浅く保っているのだろう。
「……ふぅ」
レオンは小さく息を吐き、凝り固まった身体をほぐすように立ち上がった。
ゆっくりと背筋を伸ばす。
肩や腰から、小さく骨の鳴る音が響いた。
その僅かな物音に反応して、
「……ん」
ユージンがゆっくりと片目を開く。
眠たげな視線がレオンを捉えた。
レオンは少し申し訳なさそうに苦笑する。
「悪い。起こしちまったか?」
「おはよう、レオン……」
まだ少し眠気の残る声で返事をすると、ユージンはゆっくりと身体を起こした。
「大丈夫だよ」
そう言って眼鏡を外し、毛布の端で丁寧にレンズを磨き始める。
寝起きでも、その几帳面さは変わらない。
綺麗になった眼鏡を掛け直すと、ユージンは森の奥へ静かに目を向けた。
「……結局、襲って来なかったね」
「あぁ」
レオンも視線を巡らせながら頷く。
「焚き火を見れば、こっちの居場所くらい分かってるはずなんだけどな」
少し考え込むように腕を組む。
「警戒心が強いのか……それとも、もうこの辺りから離れたのか」
「どっちにしても油断はできないね」
ユージンも静かに頷いた。
「今日は森の奥を重点的に探してみよう」
「あぁ」
レオンが返事をした、その時だった。
ごそっ――。
テントの布が小さく揺れる。
入口がゆっくりと開き、中からリシェルが姿を現した。
まだ完全には目が覚めていないのだろう。
片手で目元を軽く擦りながら、ぼんやりとした足取りで焚き火の方へ歩いてくる。
いつもなら隙のない表情を浮かべる彼女だが、今はどこか幼さの残る柔らかな雰囲気を纏っていた。
その姿を見て、ユージンは思わず口元を緩める。
「おはよう、リシェル」
「……」
「よく眠れた?」
リシェルは小さく頷いた。
「……うん」
短い返事。
普段より少しだけ力の抜けた声だった。
その様子を見たレオンとユージンは、思わず顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく小さく笑みを漏らした。
「……?」
二人の反応が分からず、リシェルは不思議そうに首を傾げる。
レオンは笑いを堪えながら口を開いた。
「いや……その、寝起きって感じがしてさ」
「……何が?」
「いつもより、ちょっとだけ表情が柔らかいっていうか」
「……っ」
リシェルはわずかに眉を寄せる。
照れたのか、それとも少しだけ不服だったのか。
しかし反論する気力までは残っていないらしい。
小さく息を吐くと、そのまま焚き火の前へ腰を下ろした。
炎の温もりに手をかざしながら、静かに身体を温める。
誰も言葉を発しない。
それでも、不思議と居心地の悪さはなかった。
穏やかな朝の空気が、三人の間にゆっくりと流れていく。
だが、その静けさはあまりにも出来過ぎていた。
朝霧の向こう。
木々のさらに奥深くでは、誰にも気づかれることなく、一人の影がじっと彼らの様子を窺い続けていた。




