夜襲の守り人
ルミナリア王都を発ってから、数日。
街道には旅人の姿もまばらとなり、静かな風景が広がっていた。
空は薄い雲に覆われ、太陽の光はどこか弱々しい。吹き抜ける風はひんやりと頬を撫で、季節がゆっくりと移ろい始めていることを感じさせる。
そんな街道を、三人の若き魔導士が並んで歩いていた。
レオン。
ユージン。
そしてリシェル。
三人が王都を離れた理由は、正式に国から発行された任務だった。
近隣一帯で相次いで発生している山賊被害の調査、及び討伐。
最近では旅人だけではなく、武装した者までも襲撃される事件が続いており、魔道組合も放置できない案件として彼らへ依頼を回したのだった。
規則正しく土を踏み締める足音だけが、静かな街道に響く。
「……」
その中で、リシェルは静かに一本の杖を握っていた。
白銀を基調とした、両手用の長杖。
先端には淡い青白い輝きを放つ魔石が埋め込まれ、周囲へ微かな冷気を漂わせている。
氷属性付与の魔石。
元を辿れば、以前の船旅でレオンが手に入れた魔石だった。
もっとも、その頃の用途は武器ではない。
魚や食材を傷ませないための、即席の冷蔵庫代わり。
あまりにも生活感あふれる使われ方をしていた魔石だったが、加工職人の手によって今では見違えるほど立派な杖へと生まれ変わっていた。
隣を歩くユージンは、その杖へ穏やかな視線を向ける。
「新しい杖の調子はどう?」
問いかけられたリシェルは、小さく杖を握り直した。
静かに魔力を流し込む。
すると、先端の魔石が淡く輝き、冷気と共に小さな氷の粒子がふわりと宙へ舞い上がった。
「……うん、いい」
短く答え、満足そうに小さく頷く。
そして少し間を置いてから、
「……二人とも、ありがとう」
その言葉は決して大きくはなかった。
けれど、普段あまり感情を表に出さない彼女だからこそ、その一言には十分すぎるほどの感謝が込められていた。
ユージンは自然と笑みを浮かべる。
「どういたしまして。気に入ってもらえて良かったよ」
一方でレオンは照れ臭そうに後頭部を掻いた。
「いや……あれ、元々は保存用だったしさ」
「……でも、ちゃんと使える」
真っ直ぐ返される言葉に、レオンは思わず苦笑する。
「そう言われると、なんか照れるな……」
そんな他愛もないやり取りが、街道に穏やかな空気を運んでいく。
しかし、その和やかな時間も長くは続かなかった。
やがて三人の前方に、深い森が姿を現す。
昼間だというのに木々は空を覆い隠し、森の中は薄暗い。
風が枝葉を揺らすたび、不気味なざわめきが静寂を切り裂いていた。
レオンは立ち止まり、懐から依頼書を取り出す。
「依頼内容だと、この森を抜けた辺りが被害の多発地点だったよな」
ユージンも資料の内容を思い返しながら頷いた。
「うん。この周辺で旅人や商人が何度も襲われてるみたいだね」
その穏やかな表情が、わずかに引き締まる。
「しかも、相手はただの盗賊じゃないらしい」
「……?」
「武装した冒険者ですら返り討ちにされてるって話だよ」
レオンは眉をひそめた。
「でも、それって単独犯なんだろ?」
「その情報が正しければね」
普通では考えられない。
武装した冒険者を相手に、たった一人で襲撃を繰り返すなど、生半可な実力では到底不可能だ。
ユージンは周囲へ視線を巡らせながら静かに続ける。
「だからこそ油断はできない。情報が間違っている可能性もあるし、何より相手の実力が分からない」
その言葉に応えるように、リシェルも森の奥を見据えたまま口を開いた。
「……油断は禁物」
短い一言。
しかし、その瞳にはすでに戦闘態勢へ入った鋭さが宿っていた。
その瞬間――
ざぁっ……
一陣の風が森を吹き抜ける。
枝葉が大きく揺れ、不気味なざわめきが森全体へ広がっていく。
まるで森そのものが、侵入者を拒むかのようだった。
レオンは静かに腰の剣へ手を添える。
「……行くか」
ユージンとリシェルも無言で頷く。
三人は互いの気配を確かめ合いながら、一歩、また一歩と薄暗い森の中へ足を踏み入れた。
その先で待つものが、まだ彼らの知る由もなかった。




