手紙③
「……いずれにしても」
静寂を破るように、ディルクが口を開いた。
「未だ、糸を引いている者の正体が見えてきませんな……」
ルークも険しい表情のまま、小さく頷く。
「……シークナスのエレノアとは長い付き合いだ」
深く椅子へ身を預け、天井を見上げながら続ける。
「少なくとも、あの女となら情報を共有しても問題あるまい」
「えぇ」
ディルクも異論はなかった。
シークナス。
大陸有数の海洋国家にして、交易国家。
その女王エレノアは卓越した知性と冷静な判断力を兼ね備えた名君として知られている。
感情よりも国益を優先し、必要とあらば敵とも手を結ぶ。
だからこそ、このような状況で最も信頼できる相手でもあった。
「問題は……」
ディルクの目が僅かに細められる。
「エルナディア、バルディオス――その二国と……」
そこで言葉が止まる。
代わりに、ルークが重く呟いた。
「……リヴァリア」
その国名が口にされた瞬間。
部屋の空気が僅かに張り詰めた。
リヴァリア。
別名――"竜の国"。
人間ではなく亜人達によって築かれた巨大国家であり、リュクシアと同じく、人間の立ち入りを一切認めない閉鎖国家である。
他国との交流も極めて少ない。
唯一許されているのは、魔石資源の供給を目的とした最低限の交易のみ。
その代償として、各国はリヴァリアへの一切の干渉を禁じられていた。
そして。
その条件を誰もが受け入れている理由は、極めて単純だった。
――強すぎる。
魔装兵器など必要ない。
あの国そのものが、一つの兵器と言っても過言ではない。
空を支配するドラゴンライダー。
地上を駆けるガロウ種との混成部隊。
さらにはオーク、トロールといった強力な魔物までもが正規軍として編成されている。
国家というより、一つの巨大な軍勢。
下手に刺激すれば、戦争になる前に蹂躙される。
だからこそ、どの国も不用意には踏み込まない。
「……ですが」
ディルクが静かに口を開く。
「あの国柄ゆえに、潜伏先としてはこれ以上ない場所でもあります」
外部との接触は皆無に等しい。
情報も人の出入りも徹底して閉ざされている。
もし誰かが裏で暗躍しているのであれば、これほど身を隠しやすい土地はない。
「調べる価値はありますな」
その言葉に、ルークは苦々しく顔をしかめた。
「あそこかぁ……」
椅子へぐったりと身体を預け、額を押さえる。
「人間が一歩踏み込んだだけで、問答無用に斬り捨てられる国だぞ……」
「……」
ディルクは何も言えなかった。
「胃が痛いわ……」
思わず漏れた王らしからぬ本音に、重苦しい空気の中にもわずかな苦笑が混じる。
しかし、それも束の間だった。
ディルクもまた理解している。
リヴァリアは外交の難しい国ではない。
外交そのものが成立するかどうかすら怪しい国なのだ。
会談の席に着く以前に、国境へ辿り着ける保証すらない。
再び静寂が部屋を包む。
やがてルークは静かに姿勢を正し、王としての表情を取り戻した。
「ディルクよ」
「はっ」
「まずはシークナスへ書簡を送る」
ルークの眼差しに鋭さが宿る。
「エレノアにも、この件を共有しておきたい」
一度言葉を切ると、静かに命じた。
「届けに行ってもらえるか」
ディルクは一歩前へ進み出る。
そして静かに片膝をつき、深く頭を垂れた。
「――御意」
短い返答。
その一言には、国を背負う者としての揺るぎない覚悟が込められていた。




