ディルクに報告
レオンとヒルデがルミナリア王立学園へ足を踏み入れた瞬間、どこか懐かしい空気が二人を包み込んだ。
石畳が真っ直ぐ伸びる通学路。
季節の花々が彩る広い中庭。
そして訓練場から響く、学生達の威勢の良い掛け声。
長い旅を終え、ようやく帰ってきたのだ――。
そんな実感が胸の奥から静かに込み上げ、レオンは小さく息を吐いた。
隣を歩くヒルデが、その横顔を見つめる。
「少しは落ち着くか?」
「あぁ……なんか、不思議な感じだな」
苦笑混じりに答えながら、これまでの出来事が脳裏を過ぎる。
リュクシアでの戦い。
ゼルガリア王都防衛戦。
幾度となく死線を越えた日々。
ほんの短い期間だったはずなのに、何年も旅をしてきたかのような濃密な時間だった。
二人が中庭へ差しかかった、その時だった。
「おーい! レオンー!」
遠くから元気な声が飛んでくる。
「レオンだー!」
「おかえりー!」
「レオンくーん!」
振り向くと、学生達が次々と笑顔で手を振っていた。
「……え?」
思わず足を止めるレオン。
以前なら考えられない光景だった。
"無属性"。
"落ちこぼれ"。
陰口や嘲笑を向けられることの方が当たり前だった自分へ、今向けられているのは温かな歓迎と純粋な尊敬の眼差し。
ゼルガリア王都防衛戦。
あの戦場を共に駆け抜けた学生達にとって、レオンはもう"出来損ない"ではなかった。
命を預け合い、共に戦い抜いた仲間だったのだ。
「……お、おう」
戸惑いながらも手を振り返すと、あちこちからさらに歓声が上がる。
その様子に、ヒルデは肩を揺らして笑った。
「随分と人気者になったものだな」
「勘弁してくれ……調子が狂う」
照れ臭そうに頭を掻きながら、二人は学園の奥へ歩いていく。
やがて教官室の前へ辿り着き、レオンは軽く息を整えると扉を開いた。
「失礼しま――」
「レオン!」
真っ先に大きな声を上げたのはニクスだった。
部屋にはディルクをはじめとする教官達が集まっている。
さらに、その奥には見慣れた顔ぶれも揃っていた。
ファルガ。
ニクス。
リシェル。
ミレア。
ゼルガリアで共に戦った仲間達だった。
「おかえり、レオン……」
ミレアが安堵したように微笑む。
「あの……どうでした?」
「あぁ」
レオンは静かに頷いた。
「魔鉱岩は無事に手に入った。今頃ユージン達がシンの所へ向かってるはずだ」
「そっか……よかったぁ」
胸を撫で下ろすミレア。
隣ではリシェルも静かに口を開く。
「……お疲れ」
「ありがとう」
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。
すると、ファルガが一歩前へ出る。
「レオン……それにヒルデ」
その表情はどこまでも真剣だった。
「本当にありがとう」
深々と頭を下げる。
「ファルガ……」
レオンは困ったように眉を下げ、小さく首を振る。
「気にしないでくれよ。俺達にできることをしただけだ」
だが、その隣でヒルデもまた静かに頭を下げた。
「……いや、謝るべきは私の方だ」
空気が一変する。
先ほどまでの穏やかな空気が、重く静まり返った。
「私の判断ミスがなければ……シンは足を失わずに済んだ」
ヒルデの拳が固く握られる。
「本当に……すまなかった」
誰もすぐには言葉を返せない。
沈黙だけが部屋を満たしていく。
その空気を断ち切るように、レオンがわざと明るく声を上げた。
「そういえば、皆揃ってどうしたんだ?」
「あぁ、それがなぁ……」
ニクスが頭を掻きながら視線をファルガへ向ける。
そのまま話を引き継ぐように、ファルガが静かに語り始めた。
レオン達がリュクシアへ向かっていた間。
ルミナリア、シークナス、そしてエルナディアによる三国共同軍がアルケイアへ侵攻したこと。
そして――。
誰もが予想しなかったほど短期間で、アルケイア王国が滅亡したことを。
「……なんだと」
ヒルデの目が見開かれる。
「アルケイアが……滅んだ?」
レオンも信じられないという表情を浮かべた。
ミレアが神妙な顔で続ける。
「それ以上に不可解なのが……」
「……魔装兵器獣です」
リシェルが静かに言葉を継ぐ。
ファルガは重々しく頷いた。
「あぁ。あれほどの兵器を保有していたにもかかわらず、一体も戦場へ投入されなかったらしい」
「……」
レオンの表情が曇る。
ディルクも腕を組みながら低く呟いた。
「結局、奴らの目的は分からず仕舞いか……」
窓の外へ視線を向ける。
「現在はエルナディアがアルケイアを管理しているそうだが、それ以上の情報は入ってきていない」
レオンは無意識に拳を握り締めていた。
セイル。
ガリューン。
魔装兵器獣。
あれだけの戦いを経ても、事件の核心には何一つ辿り着けていない。
胸に残るのは、言葉にできない不気味な違和感だけだった。
「それで?」
ニクスがレオンを見た。
「お前は何か用があって来たんだろ?」
「あ、そうだった」
レオンは懐へ手を入れ、一通の封書を取り出す。
「ルミナリアへ戻る前にセリスに会ってさ。これを王様へ渡してほしいって頼まれたんだ」
「ほう」
ディルクが興味深そうに封書を受け取る。
封蝋を確認すると、小さく頷いた。
「確かに預かった。責任を持って届けよう」
そしてレオンへ向き直る。
「話は以上か?」
「あぁ――」
頷きかけた、その瞬間だった。
「……ゴホン」
わざとらしい咳払いが響く。
ヒルデだった。
「……?」
レオンが首を傾げる。
ヒルデは半眼のまま、じっとこちらを見つめていた。
その視線を受けた瞬間――。
「…………あ」
レオンの顔が凍りつく。
完全に忘れていた。
ディルクが怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだ?」
「……その、教官」
レオンは恐る恐る事情を話し始めた。
カーバンクルのジニーの事を。
話が進むにつれ、ディルクの眉間には深い皺が刻まれていく。
そして全てを聞き終えると――。
「……お前なぁ」
ディルクは深く額を押さえた。
「私は魔物保護団体ではないんだぞ?」
「……すみません」
レオンは肩をすくめ、小さく頭を下げる。
「なぜお前は旅に出るたび、何かしら問題を抱えて帰ってくるんだ……」
珍しく本気で疲れ切った声だった。
その様子に、ファルガは思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえる。
ニクス達も肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。
やがてディルクは大きく長いため息をつくと、諦めたように肩を落とした。
「……話を聞く限りでは危険性は低そうだが」
レオンへ視線を向ける。
「念のため、一度その魔物達を私に見せてくれ」
「はい」
レオンは勢いよく頷いた。
こうして二人は再び教官室を後にし、宿で待つ小さな魔物達のもとへ向かうのだった。




