治療院
――翌日。
レオン達はゼルガリア王国の転移施設を経由し、ルミナリア王国にある剣士の街・ヴァルグラントへと戻ってきていた。
石造りの街並み。
鍛錬に励む剣士達の掛け声。
鍛冶場から響く金槌の音。
行き交う者の腰には当然のように剣が提げられ、この街ならではの張り詰めた空気が漂っている。
その一角に建つ、ヴァルグラント中央治療院。
「あはははははっ!!」
院内に、場違いなほど豪快な笑い声が響き渡った。
「いや、マジかよ……っ! はははっ!!」
ベッドの上で腹を抱えて笑い転げているのはシンだった。
その視線の先には――。
アッシュの肩へちょこんと乗った、小さなカーバンクルのジニー。
「てめぇ……」
アッシュの額に青筋が浮かぶ。
「人がどれだけ苦労してきたと思ってんだ」
「いやだってよ!」
シンは笑い過ぎて涙を浮かべながら指を差す。
「魔物に懐かれる剣士なんて聞いたことねぇって!」
「きゅい?」
ジニーが不思議そうに首を傾げる。
その愛らしい仕草がさらに笑いを誘った。
「はははははっ!!」
「笑いすぎだ、この野郎!」
アッシュが声を荒らげる。
しかし、その顔もどこか照れくさそうだった。
ユージンが苦笑しながら二人の間へ入る。
「まぁまぁ、アッシュも落ち着いて」
「シンも、さすがに笑いすぎですよ」
レイも呆れ半分で苦笑する。
「悪い悪い」
シンは目元を拭いながら大きく息を吐いた。
笑いが収まると、自然と部屋は静かになる。
シンはゆっくりと皆の顔を見渡した。
アッシュ。
ユージン。
レイ。
ヘイルズ。
ケンジャ。
そしてジニー。
「……みんな」
少しだけ照れたように笑う。
「本当に、ありがとうな」
その一言には、心からの感謝が込められていた。
アッシュは照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「……けっ」
それ以上は何も言わなかった。
その空気を切り替えるように、ヘイルズが一歩前へ出る。
「さて、それじゃあ始めるとするかの」
鞄をごそごそと探り、中から慎重に取り出したのは、両足の義足だった。
銀色に輝く金属。
埋め込まれた魔鉱岩。
ヘイルズが船の中で完成させた、新たな脚。
その姿を見た瞬間、部屋の空気が静まり返る。
ヘイルズは慎重な手つきで義足をシンの太腿へ仮固定していった。
「ふむ……位置は悪くないの」
角度を微調整しながら、丁寧に留め具を締めていく。
その様子を見守っていたケンジャが、腕を組んだまま静かに口を開いた。
「武技の鍛錬は怠っておらんだろうな」
厳しい声だった。
「魔力操作が未熟であれば、その義足はただの重りにしかならん」
シンは静かに頷く。
「……やってやるさ」
その目には迷いがなかった。
ゆっくりと瞼を閉じる。
深く息を吸い、静かに吐く。
武技。
身体強化。
魔力操作。
何度も繰り返し鍛えてきた感覚を思い出す。
部屋にいる誰一人として口を開かなかった。
失敗すれば――。
二度と立ち上がれないかもしれない。
そんな不安が、全員の胸を締め付ける。
静寂だけが流れる。
壁に掛けられた時計の針が、ゆっくりと時を刻んでいた。
カチ……。
カチ……。
誰もが息を呑む。
その沈黙は、数秒にも、数分にも感じられた。
そして――。
ピクリ。
「――っ!」
義足の指先が、小さく震えた。
アッシュが思わず息を呑む。
ユージンも目を見開く。
シンの額には汗が滲んでいた。
魔力を切らさぬよう、慎重に制御を続ける。
やがて。
ギ……。
義足の足首が、ゆっくりと持ち上がった。
「……動いた」
シンが震える声で呟く。
信じられないというように、自分の脚を見つめる。
もう一度。
今度ははっきりと。
義足が応えるように動いた。
「……できた」
そして顔を上げ、大きく叫ぶ。
「できたぞ!!」
「っしゃあああ!!」
真っ先に叫んだのはアッシュだった。
拳を力強く突き上げる。
「やったじゃねぇか!」
「よかった……!」
ユージンは胸に手を当て、安堵の息を漏らした。
レイの瞳には、いつの間にか涙が浮かんでいる。
「本当に……本当に良かったです……」
「きゅいっ!」
ジニーまで嬉しそうに鳴き声を上げた。
ケンジャは義足を興味深そうに眺めながら、小さく頷く。
「ふむ……やはり適性が無くとも、最低限の魔力制御さえできれば十分に動くか」
その横でヘイルズは満足そうに白い髭を撫でた。
「フォッフォッフォ。これなら後は寸法を合わせれば完成じゃな」
そう言って義足を外し、細かな採寸を始める。
シンは静かに目元を拭った。
笑っている。
それでも涙は止まらなかった。
「……本当に」
もう一度、皆を見回す。
「ありがとう」
誰か一人ではない。
ここにいる全員へ向けた、心からの感謝だった。
しばらくして。
「そういや、レオンとヒルデは?」
シンが辺りを見回す。
「あいつらにも礼を言わねぇとな」
ユージンが穏やかに答えた。
「レオンは今、ディルク教官のところへ行ってるはずだよ」
「ディルク教官?」
「うん。用事が済んだら、こっちへ来ると思う」
「そっか……」
シンは小さく頷いた。
その表情は、どこか晴れやかだった。
失ったものは戻らない。
それでも、自分はまた前へ進める。
その確かな実感が、シンの胸に静かに灯っていた。




