アルケイア王国
――アルケイア王都。
そこには、もはや国家と呼べる姿は残っていなかった。
轟音が響く。
爆炎が空を焦がす。
崩れ落ちる建物が、大地を震わせる。
街の至る所から黒煙が立ち上り、夕空を覆い尽くしていた。
石造りの街並みは無惨に崩れ去り、かつて人々で賑わっていた大通りには、砕けた瓦礫と無数の亡骸が転がっている。
「ぎゃあああああッ!!」
断末魔が響いた。
次の瞬間。
エルナディア兵の大剣が、一人のアルケイア兵を胴から真っ二つに断ち切る。
鮮血が石畳を赤く染めた。
抵抗は、既に終わっていた。
戦線は崩壊し、王都を守る兵もほとんど残っていない。
それでもエルナディア軍は歩みを止めない。
止める理由がなかった。
アルケイアが生み出した魔装兵器。
人を素材とした異形の魔武器。
幾度となく繰り返された非人道的な研究。
その全てに対する報復が、今まさに王都全体へ降り注いでいた。
悲鳴が響く。
命乞いは掻き消える。
老若男女を問わず、アルケイアという国家そのものが"罪"として裁かれていた。
そして――。
その地獄の中心。
王宮の廊下を、一人の男が荒い息を吐きながら駆け抜けていた。
「くそっ……! くそう……!!」
アルケイア国王チャルナー。
乱れた王服。
額から流れる汗。
血走った瞳。
そこに王としての威厳はなく、一人の追い詰められた者がいるだけだった。
彼を守る近衛兵は、わずか二人。
「こちらです、陛下!」
「急いでください!」
王宮内にも既に戦闘音が響いている。
悲鳴。
剣戟。
誰かが倒れる鈍い音。
その全てが、国の終焉を告げていた。
「ボルナートめ……!」
チャルナーは歯を食いしばる。
「一体……何を考えている……!」
「どうか王だけでも――!」
先頭の近衛兵が角を曲がった。
直後。
ブシュッ――。
鮮血が廊下へ舞った。
肉が裂ける音。
そして。
ゴトリ。
何かが床へ転がる。
「……ッ」
チャルナーの足が止まる。
残る近衛兵も即座に剣を構えた。
静寂。
その中を。
コツ……。
コツ……。
一定の足音だけが近付いてくる。
やがて姿を現したのは、一人の騎士だった。
純白の甲冑。
だが返り血によって、その白は赤黒く染まっている。
「……白騎士」
チャルナーの声が震えた。
「陛下!」
近衛兵が一歩前へ出る。
「ここは私が食い止めます! どうかお逃げください!」
叫びながら突撃する。
しかし。
ザクッ。
「……え?」
近衛兵の身体が止まる。
白騎士は動いていなかった。
壁面に浮かび上がった魔法陣。
そこから射出された機械仕掛けの短剣が、正確に首元を貫いていた。
刃に埋め込まれた紫色の魔石が、不気味に輝いている。
一拍遅れて。
首が床へ転がった。
血飛沫が噴き上がり、廊下を赤く染める。
「――ッ!」
チャルナーは思わず後ずさる。
すると白騎士の後ろから、二つの人影が姿を現した。
一人は、双剣を弄ぶ少年。
そしてもう一人は、大柄な男。
緑の軍服。
胸にはアルケイア軍の紋章。
見間違えるはずがなかった。
「……ボルナート」
憎悪を滲ませながら名を呼ぶ。
「貴様……裏切ったか」
ボルナートは口元をゆっくりと歪めた。
「これはこれは、国王陛下」
芝居がかった一礼。
「随分とお急ぎですな」
チャルナーは静かに目を閉じる。
「……私も焼きが回った」
掠れた声が漏れる。
「まさか……信じた者に、国を滅ぼされるとはな」
「ボルナートが鼻で笑う。
「勘違いしてもらっては困る」
一歩。
また一歩。
ゆっくり距離を詰める。
「私は最初から、あんたの理想に付き従った覚えはない」
冷え切った声だった。
「研究、研究、また研究……。民のため、未来のためなどと口では立派なことを言う」
肩を竦める。
「だが結局、貴様は国を見ることをやめた」
「違う!」
チャルナーが叫ぶ。
「戦争は新たな戦争しか生まぬ! だからこそ私は――」
「その結果がこれだ」
ボルナートは王都を示すように腕を広げた。
「国も民も守れなかった」
その言葉に、チャルナーは返す言葉を失った。
「はいはい、説教はそのくらいで」
軽薄な声が空気を断ち切る。
双剣の少年だった。
肩に短剣を担ぎ、退屈そうに笑っている。
「まぁ、君が国内を見てなかったおかげで計画はずいぶん楽だったよ」
クスクスと笑う。
「そこだけは感謝してる」
チャルナーは少年を睨み付けた。
「……貴様らの目的は何だ」
「何故アルケイアを狙った」
「ははっ」
少年は楽しそうに笑う。
「冥土の土産に教えてあげるよ」
その笑みが静かに歪む。
「僕達の目的は、アルケイアだけじゃない」
一瞬の静寂。
「世界中に眠る――英雄の遺産だ」
「――っ!」
チャルナーの顔色が変わる。
「まさか……!」
その瞬間だった。
サクッ――。
「……ぁ」
胸から刃が突き出ていた。
いつの間にか。
短剣が心臓を正確に貫いている。
膝から力が抜ける。
血が溢れる。
視界が赤く霞む。
倒れゆくチャルナーを、ボルナートは静かに見下ろしていた。
「……お休み、陛下」
「……く、そ……」
燃え落ちる王宮。
崩れゆく祖国。
消えていく民。
その全てが霞んでいく中、最後に脳裏へ浮かんだのは、一人の少女だった。
「……メル……」
掠れた声だけが漏れる。
(あの子だけは……どうか、生きてくれ……)
その願いを最後に。
アルケイア国王チャルナーは、静かに息絶えた。
――この日。
一つの王国が、歴史からその名を消した。




