セリスとの対談
兵士に案内され、レオンはゼルガリア王宮へと足を踏み入れていた。
夕暮れの陽光を浴びた王宮は、荘厳な輝きを放っていた。
かつて魔物との激戦に晒されたとは思えないほど、美しく修復された白亜の城壁。
高くそびえる塔。
夕日に照らされたその姿は、一国の象徴として揺るぎない威厳を漂わせている。
巨大な正門へ辿り着くと、門番達がすぐにレオンへ気付いた。
「レオン殿」
二人は同時に胸へ手を当て、深く一礼する。
ほどなくして、重厚な門が低い音を響かせながらゆっくりと開かれた。
その先に広がるのは、王宮の大広間。
「……」
レオンは思わず足を止めた。
磨き上げられた白い大理石の床。
見上げるほど高い天井。
何本もの巨大な柱が整然と並び、壁には精巧な彫刻や絵画が飾られている。
煌びやかなシャンデリアが柔らかな光を降り注ぎ、静寂さえも格式の一部のように感じられた。
(やっぱり……すごいな)
学園とも、ルミナリアの街とも違う。
ここは王族が暮らす場所。
その事実を、空間そのものが物語っていた。
「レオン殿」
静かな声に我へ返る。
一人の騎士が姿勢正しく立っていた。
「セリス王女殿下がお待ちです。どうぞこちらへ」
「あ……はい」
慌てて返事をし、レオンは騎士の後へ続く。
長い廊下を歩くたび、磨き上げられた床に靴音が静かに響いた。
すれ違う使用人や兵士達は足を止め、静かにレオンへ視線を向ける。
尊敬。
興味。
そして警戒。
様々な感情が入り混じった視線を浴びながら、レオンは少しだけ居心地の悪さを覚えていた。
やがて騎士は、一際大きな扉の前で立ち止まる。
「レオン殿をお連れいたしました」
その声を合図に、重厚な扉がゆっくりと左右へ開かれた。
「――っ」
レオンは思わず息を呑む。
広大な謁見の間。
真紅の絨毯が真っ直ぐ玉座まで伸び、その両脇には近衛兵達が微動だにせず整列している。
そして、その最奥。
高い玉座に、一人の女性が静かに腰掛けていた。
「……セリス」
思わず小さく名を漏らす。
戦場で身に纏っていた鎧姿ではない。
純白を基調とした気品あるドレス。
金糸で施された繊細な刺繍。
胸元や腰には宝石があしらわれ、その姿はまさに一国の王女そのものだった。
戦場で肩を並べた女性とは思えないほど、神々しい威厳を纏っている。
セリスは穏やかに微笑んだ。
「レオン殿。魔物襲来の件以来だな」
澄み渡る声が静かな謁見の間へ響く。
「リュクシアへの旅はどうだった?」
「あ……えっと……はい。何とか無事に……」
普段とは違う空気に呑まれ、レオンの返事もどこかぎこちない。
その時だった。
「……いかにレオン殿とはいえ、ここは王女殿下の御前」
一人の近衛兵が一歩前へ出る。
「言葉遣いにはご配慮いただきたい」
「――っ」
レオンは思わず口を閉ざした。
しかし。
「構わぬ」
静かな一言が場を支配した。
セリスはゆっくりと近衛兵へ視線を向ける。
「礼を尽くすべきは、むしろ私の方だ」
「ですが……王女殿下」
「黙れ」
凛とした声が響く。
それだけで空気が一変した。
近衛兵達は即座に口を閉ざし、一歩下がる。
レオンは思わず息を呑む。
(これが……王女)
戦場では決して見せなかった統率者としての姿。
優しさだけではない。
一国を背負う者だけが持つ威厳が、そこには確かにあった。
やがてセリスは再び柔らかな笑みを浮かべる。
「……失礼した」
その一言だけで、張り詰めた空気が少しだけ和らぐ。
「さて、今回そなたを呼んだのは他でもない」
セリスが隣の近衛兵へ目配せをする。
兵士は恭しく一通の封書を差し出した。
それを受け取ったセリスは、自ら立ち上がり、ゆっくりとレオンの前まで歩み寄る。
そして、その封書を差し出した。
「これをルミナリア王国へ届けてほしい」
「……?」
レオンは両手で受け取る。
手の中に収まったのは、一通の封書。
封にはゼルガリア王家の紋章が刻まれていた。
「……手紙ですか?」
「あぁ」
セリスは真っ直ぐレオンを見つめる。
「ゼルガリアにとっても極めて重要な親書だ」
静かな口調。
だが、その言葉には揺るぎない重みがあった。
「これをルミナリア国王陛下へ直接届けてほしい」
レオンは封書を見つめる。
「……そんな大事な物を、俺なんかが預かっていいのか?」
近衛兵達の視線が一斉に鋭くなる。
レオンは慌てて口を押さえた。
「あ……失礼しました」
その様子に、セリスは思わず小さく笑みを零した。
「構わぬ」
そして静かに告げる。
「貴殿だからこそ、私は託す」
「――っ」
その言葉は、真っ直ぐ胸へ届いた。
疑いも打算もない。
王女としての信頼。
だからこそ、レオンの身体は自然と動いていた。
その場で片膝をつき、深く頭を垂れる。
「この命に代えましても、必ずお届けいたします」
謁見の間は静寂に包まれた。
セリスは満足そうに頷く。
「うむ。頼んだぞ、レオン殿」
その声には、王女としてではなく、一人の仲間としての信頼も込められていた。
やがてレオンは再び騎士に案内され、静かに謁見の間を後にする。
王宮を出た瞬間だった。
「…………はぁぁぁぁぁぁ」
張り詰めていた緊張が一気にほどけ、大きく息を吐き出す。
「……緊張したぁ」
思わず空を仰ぐ。
戦場では普通に話していた相手なのに、場所が変わるだけでこうも違うものなのか。
苦笑しながら、レオンは懐へ手を添えた。
そこにはゼルガリア王家の紋章が刻まれた一通の親書。
小さいはずの封書が、不思議なほど重く感じる。
「……これは、絶対になくせないな」
誰に聞かせるでもなく呟き、レオンは苦笑した。
夕焼けに染まるゼルガリアの街並みを眺めながら、仲間達の待つ宿へ向けてゆっくりと歩き出した。




