静かな理解者
授業が終わった。
ざわめきが戻る。
だが、レオンの周囲だけは少し違っていた。
距離がある。
露骨ではない。
だが、確実に一歩引かれている。
「……」
気にしない。
そう思う。
だが——
完全に無視できるほど、慣れてはいなかった。
廊下を歩く。
石の床。
反響する足音。
村にはなかった音。
村にはなかった“広さ”。
(……疲れた)
短い一日だったはずなのに、妙に長く感じる。
知らない場所。
知らない人間。
知らないルール。
その中で——
自分だけが“違う”。
「新入生だな」
声をかけられる。
振り向くと、学園の職員らしき男が立っていた。
「寮の割り当てだ」
紙を差し出される。
部屋番号が書かれている。
「今日からそこを使え」
「……はい」
短く答える。
それ以上の説明はない。
それで終わり。
指示された場所へ向かう。
寮は学園の奥にあった。
石造りの建物。
簡素だが、村の家よりはずっと整っている。
中に入ると、長い廊下が続いていた。
扉が並んでいる。
番号を確認しながら歩く。
そして——
目的の前で、足を止めた。
扉の前。
深く息を吸う。
理由はない。
ただ——
少しだけ、緊張していた。
ノックする。
——コンコン
「どうぞ」
中から声。
落ち着いた、柔らかい声だった。
扉を開ける。
中は二人部屋だった。
ベッドが二つ。
机が二つ。
すでに一人、先にいた。
長身。
淡い緑の長髪。
眼鏡。
本を手にしていたが、レオンを見るとそれを閉じた。
「君がルームメイトかな」
穏やかに言う。
表情も柔らかい。
今まで会った誰とも違う空気。
「……レオン」
短く名乗る。
「レオンか。よろしく」
自然に言葉が返ってくる。
「僕はユージン」
軽く手を上げる。
気取らない仕草だった。
少しだけ、間が空く。
レオンは部屋を見回す。
整っている。
無駄がない。
ユージンの性格が、そのまま出ているようだった。
「今日の授業、見てたよ」
ユージンが言う。
レオンの体がわずかに固まる。
「……そうか」
それだけ返す。
どういう反応が来るか、分からなかった。
「面白いね」
あっさりと言う。
「……は?」
思わず聞き返す。
予想外だった。
「普通じゃない」
続ける。
だが、その言葉に棘はなかった。
「でも、理屈はある」
レオンを見る。
まっすぐに。
「留められないんじゃない。“留めてない”んだろ?」
ディルクと同じ言葉。
だが、少し違う。
理解しようとしている言い方。
「……よく分かんねえ」
正直に言う。
「感覚でやってる」
「うん、それでいいと思う」
即答だった。
迷いがない。
「無理に合わせる必要はない」
椅子に腰掛ける。
「むしろ、そのままの方がいい」
「……いいのか?」
「いいと思うよ」
軽く言う。
だが——
その言葉には、確信があった。
「この学園は“正解”が決まってる」
ユージンは指を組む。
「でも、それは“多数の正解”でしかない」
「……?」
「例外は、理屈が分からないだけで否定される」
淡々とした説明。
感情ではなく、分析。
「君のは、多分そっちだ」
レオンを見る。
「まだ分類されてないだけのもの」
レオンは少し黙る。
そんな風に言われたのは初めてだった。
“外れ”でも、“無価値”でもない。
ただ——
“分からないもの”。
「……変な奴だな」
ぽつりと言う。
ユージンは少し笑った。
「よく言われる」
短い沈黙。
だが、さっきまでとは違う。
重くない。
息ができる。
「君、剣使うんだろ?」
ユージンが聞く。
「……まあ」
「なら、今度見せてよ」
軽い口調。
「興味ある」
その言葉に、レオンは少しだけ戸惑う。
見せろと言われたのは初めてだった。
試すでも、否定するでもなく——
ただ、興味で。
「……ああ」
小さく頷く。
その瞬間。
ほんの少しだけ——
肩の力が抜けた気がした。
この場所にも。
まだ、分からないものを“分かろうとする人間”がいる。
それだけで——
少しだけ、救われた気がした。




