役場
役場へ向かう道すがら――。
レオン達は、ゆっくりとゼルガリアの街並みを歩いていた。
かつて激戦によって崩れ落ちた建物。
黒く焼け焦げた石壁。
通りを埋め尽くしていた瓦礫の山。
あの日目にした光景は、今もレオンの記憶に鮮明に残っている。
だが――。
「……すごいな」
思わず感嘆の声が漏れた。
積み上げられていた瓦礫は、そのほとんどが片付けられている。
更地になった場所では、新しい木造の建物が次々と組み上げられ、仮設だった住居も少しずつ本格的な家屋へと姿を変えつつあった。
もちろん、まだ復興は道半ばだ。
崩れたままの建物も残っている。
補修途中の城壁も目に入る。
それでも、この街は確かに前へ進んでいた。
「柱押さえろー!」
「梁をもう少し右だ!」
「よし、そのまま!」
威勢のいい掛け声が通りのあちこちから響く。
作業に励むのはゼルガリアの住民だけではない。
ルミナリアから派遣された職人や大工達も肩を並べ、互いに声を掛け合いながら復興作業を進めていた。
戦争が終わったばかりの頃は、互いにぎこちなさもあったのだろう。
しかし今では、笑い合いながら木材を運ぶ姿も珍しくない。
街に、人々の暮らしが戻り始めていた。
「……悪くない景色じゃな」
ヘイルズが目を細める。
その言葉に、ヒルデも静かに頷いた。
「あぁ」
穏やかな声だった。
「まだ時間は掛かるだろう。だが、この街は必ず立ち直る」
その口調には、不思議と揺るぎない確信があった。
やがて三人は役場へと辿り着く。
戦後の混乱で一時は機能を失っていた建物も、今では多くの人々が行き交い、本来の賑わいを取り戻しつつあった。
ヒルデが受付へ歩み寄る。
「ルミナリアへの転移許可証を発行してほしい」
簡潔に用件を告げる。
対応に出た役員は書類へ目を通すと、驚いたように顔を上げた。
「……レオン殿!」
「え?」
突然名前を呼ばれ、レオンは目を瞬かせる。
「お久しぶりです」
役員は慌てて別の書類を取り出した。
「実は皆様の転移許可は、既に発行済みとなっております」
「……発行済み?」
「はい」
役員は丁寧に頷く。
「ディルク様が事前に申請を済ませてくださいましたので、いつでもルミナリアへ転移可能です」
「……教官」
思わず小さく呟く。
何も言わず。
何も知らせず。
それでも先のことを考え、必要な準備だけは整えてくれていた。
まったく、あの人らしい。
レオンの胸に、じんわりと温かなものが広がった。
その隣では。
「……え?」
ヘイルズの表情がみるみる曇っていく。
「ま、まさか……今日出発かの……?」
恐る恐るヒルデを見上げる。
そのあまりに分かりやすい反応に、ヒルデは思わず口元を緩めた。
「……ふっ」
珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「安心しろ、ヘイルズ」
「一泊くらいしても罰は当たらん」
「ほ、本当か!?」
ぱっと顔が明るくなる。
ヒルデはレオンへ視線を向けた。
「それで構わないか?」
「あぁ」
レオンも頷く。
「もともと二、三日は滞在する予定だったしな」
その返事を聞いた瞬間だった。
「よっしゃああ!!」
ヘイルズが両手を突き上げる。
「今日は飲むぞぉぉぉ!!」
役場中へ響き渡る大声。
周囲の視線が一斉に集まった。
「……静かにしろ」
ヒルデの拳が、ごつんとヘイルズの頭へ落ちる。
「あだっ!」
頭を押さえてうずくまる老人を見て、レオンは思わず吹き出した。
張り詰め続けていた旅路が終わり、ようやく皆の肩から力が抜けたのだろう。
レオンは改めて役員へ向き直る。
「それじゃ、明日また来ます」
「承知いたしました」
役員は丁寧に一礼した。
「準備を整えて、お待ちしております」
三人は役場を後にする。
外へ出ると、夕日が街並みを赤く染め始めていた。
復興途中の建物。
行き交う人々の笑い声。
遠く港から運ばれてくる潮風。
戦争の傷跡はまだ色濃く残っている。
それでも、この街は確かに息づいていた。
「さて」
役場の石段を下りながら、ヒルデが口を開く。
「私達はこのまま酒場へ向かう」
隣では、ヘイルズがすでに浮き足立っている。
「肉じゃ! 酒じゃ! 今日は浴びるほど飲むぞい!」
「……少しは落ち着け」
呆れたようにヒルデがため息をつく。
レオンはそんな二人を見つめ、小さく笑った。
「俺は少し街を歩いてくる」
「そうか」
ヒルデは深く理由を尋ねることはしなかった。
「では、後で宿で落ち合おう」
「あぁ」
短く言葉を交わし、それぞれ別の道へ歩き始める。
「ゼルガリアの酒ぇぇぇぇ!」
「だから走るな」
浮かれるヘイルズを追い掛けるヒルデ。
その背中を見送りながら、レオンは一人、夕暮れに染まるゼルガリアの街へと静かに歩き出した。




