ゼルガリア到着
数日後――。
長い航海を終えた船は、ようやく自由都市ゼルガリアの港へと帰ってきた。
潮風が頬を撫でる。
埠頭には荷車が行き交い、荷運びに追われる人々の威勢のいい声が響いていた。
見慣れた港の喧騒。
ようやく帰ってきたのだと、誰もが実感する。
「ふぅ~……」
船を降りたヘイルズが大きく腰を叩いた。
「やっと陸じゃ……」
そのまま深く息を吐く。
「年寄りに長旅は堪えるわい……」
「うぅ……」
続いて降りたユージンも苦笑を浮かべた。
「まだ身体が揺れてる気がする……」
確かに地面へ立っている。
それなのに、身体だけはまだ船の揺れを覚えていた。
長旅を終えた者なら誰もが経験する、不思議な感覚だった。
「ったく」
アッシュが呆れたように笑う。
「だらしねぇなぁ」
隣ではレイも小さく笑みを浮かべる。
「私は意外と平気でした」
「俺も全然だったな」
どうやら二人は船酔いとは無縁だったらしい。
その時だった。
アッシュが背負うリュックが小さくもぞもぞと動く。
「……ん?」
振り返ると、レイが慌ててリュックへ小声で話しかけた。
「ジニーちゃん、もう少しだけ我慢してくださいね」
「きゅぅ……」
中から不満そうな鳴き声が返ってくる。
リュクシアでは珍しくない存在でも、人間の街では話が違う。
精霊、それもカーバンクルともなれば、港中が大騒ぎになるのは目に見えていた。
同じ事情は、もう一人にも当てはまる。
「……せまいぃ……」
今度はユージンの鞄から、くぐもった声が聞こえた。
ユージンは思わず吹き出す。
「もう少しだけ我慢してよ、ケンジャ」
「むぅ~……」
鞄の中で不満そうにもぞもぞと動く気配が返ってくる。
その様子を見たヒルデが周囲を見回しながら口を開いた。
「私は先に役場へ向かう」
いつも通り落ち着いた声だった。
「ルミナリアへの転移許可証を発行してもらう必要がある。それまでは、しばらくゼルガリアに滞在だ」
「おぉ、そうじゃった!」
ヘイルズがぽんと手を叩く。
「それで、そのぉ……」
どこか期待したような視線を向ける。
ヒルデは小さく笑った。
「分かっている」
「手続きが終わったら飲みに行こう」
「おぉっ!」
ヘイルズの顔が一瞬で明るくなる。
「流石ヒルデ嬢じゃ!」
「……単純だな」
アッシュが苦笑した。
レイは軽く咳払いをすると、一歩前へ出る。
「それでは私とアッシュは宿を取ってきます」
「ジニーちゃんも、早く外へ出してあげたいですし」
「きゅいっ!」
リュックの中から元気いっぱいの返事が聞こえた。
「僕も一緒に行くよ」
ユージンが笑う。
「ケンジャも早く楽になりたいだろ?」
「頼むぅ……」
鞄が小さく揺れる。
その光景に、レオンも思わず笑みを浮かべた。
やがてヒルデがレオンへ視線を向ける。
「レオン」
「お前はどうする?」
「あぁ」
レオンは港の先へ目を向けながら答えた。
「俺は少し寄る場所がある」
そう言って振り返る。
停泊した船の甲板には、ウェルフ達船員が並んでいた。
レオンは静かに頭を下げる。
「ありがとう」
「みんなのおかげで……友達を助けることができる」
一瞬だけ船員達が顔を見合わせる。
そして。
ウェルフが照れくさそうに笑った。
「へへっ」
「礼なんていいさ」
腕を組み、いつもの調子で続ける。
「助けられたのは俺達の方だからな」
「お前らとの船旅、最高に楽しかったぜ」
「また来いよー!」
「次は酒忘れんな!」
「土産も持ってこい!」
「顔くらい見せに来いよ!」
次々と飛んでくる声。
乱暴で。
騒がしくて。
けれど、そのどれもが温かかった。
その時だった。
「レオン!」
料理長が甲板から何かを放り投げる。
「忘れもんだ!」
「っと!」
レオンは反射的に受け止める。
掌の上には、大きな青い魔石が転がっていた。
「あぁ」
料理長は豪快に笑う。
「次会う時は、もっと美味ぇ飯を食わせてやる!」
レオンも自然と笑みを浮かべた。
「楽しみにしてる」
短い航海だった。
だが、この船で過ごした時間は、確かに仲間との大切な思い出になっていた。
やがて、一行はそれぞれの目的地へ向かって歩き始める。
ヒルデとヘイルズは役場へ。
アッシュ、レイ、ユージンは宿探しへ。
そしてレオンは、一人だけ別の道を選ぶ。
賑わう港町ゼルガリアは、変わらぬ喧騒とともに、彼らの帰還を静かに迎え入れていた。




