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戦火の後

 ――アルケイア国内領土。


 戦場には、未だ血と煙の臭いが色濃く残っていた。


 砕け散った防壁。


 崩れ落ちた見張り塔。


 大地には無数の剣傷と、魔法によって焼き焦げた跡が幾重にも刻まれている。


 確かに、ここでは激しい戦いがあった。


 その痕跡だけは、はっきりと残されていた。


 ――にもかかわらず。


「……おかしい」


 戦場跡に立つファルガが低く呟く。


 肩へ担いだ刀はまだ血を拭い切れていない。


 鋭い眼差しが、静まり返った拠点全体を見渡していた。


 敵拠点の制圧は完了した。


 それどころか、想定していた時間より遥かに早い。


 味方の損害も驚くほど少ない。


 順調すぎる。


 それが、かえって不気味だった。


「オッサーン!」


 遠くから聞き慣れた声が響く。


 振り返ると、ニクス達三人が歩いて来るところだった。


 ゼルガリア王都防衛戦での功績により、ニクス、リシェル、ミレアは正式に四級魔導士へ昇格している。


 以前より質の良い装備を身に纏い、立ち振る舞いにも経験が滲んでいた。


 だが、その表情に勝利の喜びはない。


「……お前らか」


 ファルガが鼻を鳴らす。


「あと、オッサン言うな」


「細けぇこと気にすんなって」


 ニクスは軽く笑いながら親指で後方を指した。


「あっちも制圧完了だ」


 リシェルとミレアも静かに頷く。


 しかし、その直後。


 ニクスの表情が真剣なものへ変わった。


「なぁ……オッサン」


「あぁ」


 ファルガも短く返す。


「分かってる」


 それだけで十分だった。


 四人とも同じ違和感を抱いている。


 今回の侵攻は、あまりにも順調すぎた。


 ルミナリア軍とシークナス軍が左右からアルケイアへ侵攻し、その中央ではエルナディア軍が王都へ向けて進軍を続けている。


 三か国による同時侵攻。


 数の上では、こちらが圧倒的優勢だ。


 だが――。


「……出て来ませんね」


 ミレアがぽつりと漏らした。


 リシェルも静かに頷く。


 風に揺れる淡い青髪を押さえながら、小さく呟いた。


「……魔装兵器獣」


 アルケイア最大の切り札。


 国家戦力級とまで呼ばれる兵器。


 あれほど強硬な外交姿勢を取り続けられた理由でもある存在だ。


 それが、未だ一体も姿を見せていない。


「シークナス方面も似たような状況らしい」


 ファルガが腕を組む。


「出て来るのは一般兵ばかりだ」


 しかも、その兵達も練度が低い。


 急造兵と言われても納得するほどだった。


 まるで、本命ではない。


「……時間稼ぎ」


 ニクスが低く呟く。


「そんな感じがするな」


 ファルガは答えなかった。


 否定もしない。


 胸の奥に引っ掛かる嫌な感覚。


 戦場の熱気ではない。


 嵐が訪れる直前のような、不自然な静けさだった。


「どうする?」


 ニクスが尋ねる。


「このまま王都攻略部隊へ合流するか?」


 ファルガはしばらく黙って考え込む。


 やがて静かに首を横へ振った。


「……いや」


 低い声が響く。


「ここを前線拠点にする」


 三人が顔を上げる。


「補給部隊を呼び、簡易転移装置を設置させろ」


 さらに続けた。


「俺達は一度、本国へ戻る」


「……!」


 ミレアが驚いたように目を見開く。


「何かあるんですか?」


「勘だ」


 ファルガは即答した。


「証拠なんざ何もねぇ」


 そう言って、静まり返った戦場へ視線を向ける。


「だがな」


「長年戦場を歩いてりゃ、嫌な空気ってのは分かる」


 吹き抜ける風だけが瓦礫を転がしていく。


 静かすぎる。


 あまりにも静かだった。


「……妙な胸騒ぎがする」


 その一言で十分だった。


 ニクスは静かに頷く。


「あぁ……分かった」


「補給部隊へ連絡してくる」


「……同意」


 リシェルも短く返す。


「……一体、何を企んでいるのでしょう」


 ミレアが不安げに尋ねる。


 ファルガは小さく息を吐いた。


「……さぁな」


 だが、その目だけは鋭く細められていた。


「だからこそ、動く」


 刀を肩へ担ぎ直す。


「行くぞ」


「あぁ」


「はい」


「了解」


 四人は崩れた敵拠点を背に歩き始めた。


 夕焼けに染まる戦場の彼方では、いく筋もの黒煙がゆっくりと空へ昇っている。


 その静けさの裏で、誰にも見えない何かが、確かに動き始めていた。


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