ゼルガリアに帰還
数日後――。
レオン達は再び港町へと戻って来ていた。
潮の香りを含んだ風が頬を撫でる。
船が軋む音。
荷運びをするドワーフ達の威勢のいい掛け声。
鉱山区画とは違う、開放的な港の空気が広がっていた。
桟橋には、ゼルガリア行きの大型船が静かに停泊している。
船員達は甲板と桟橋を忙しく行き来しながら、食料や荷物を次々と積み込んでいた。
「よう!」
そんな中、ウェルフが大きく手を振る。
「船出の準備はもう終わってるぜ!」
胸を張って笑う。
「食料を積み込めば、いつでも出航できる!」
「ありがとうございます」
ユージンが穏やかに微笑んだ。
「それなら、その前にこれを見てもらえますか?」
そう言って取り出したのは、一つの魔石だった。
淡い青い輝きを放ち、手元から冷気がゆっくりと漏れ出している。
「氷属性を付与した魔石です」
ユージンは説明を続ける。
「十分な魔力を蓄えてあるので、航海中ずっと冷気を維持できます」
「これを食料庫へ置けば――」
「食材の保存期間をかなり延ばせると思います」
一瞬、港が静まり返る。
そして次の瞬間。
「おぉぉぉぉ!!」
料理長のドワーフが真っ先に飛び付いた。
「坊主! 本当か!?」
「すげぇ!!」
「やったぁ!!」
周囲の船員達も一斉に歓声を上げる。
「ウェルフ!」
「酒積み足していいか!?」
「馬鹿! まず肉だ!」
「野菜も積めるぞ!」
「魚も腐らねぇじゃねぇか!」
「最高じゃねぇか!!」
一気に港が大騒ぎになる。
「……ほんっと騒がしい奴らだ」
ウェルフは呆れたように頭を掻く。
それでも口元には自然と笑みが浮かんでいた。
改めてユージンの前へ立つ。
「ありがとな」
短い言葉だった。
だが、その一言には心からの感謝が込められていた。
「本当に助かる」
「いえ」
ユージンは少し照れくさそうに笑う。
「皆さんが快適に航海できるなら、それで十分です」
その隣で。
「いやぁ……」
ヘイルズが腰へ手を当て、大きく背筋を伸ばした。
「久々の船旅は年寄りには堪えるのぉ」
「安心しろよ爺さん」
ケンジャが悪戯っぽく笑う。
「ゼルガリアに着いたら酒をご馳走してやる」
一拍置き――。
「レオンが」
「おい」
レオンが即座に睨み付ける。
「何勝手に決めてんだ」
「えぇ?」
ケンジャは大袈裟に肩をすくめる。
「シンの義足を作ってもらうんだぞ?」
「酒くらい安いもんじゃないか」
「それとこれとは話が別だ!」
「ケチだなぁ」
「誰がケチだ!」
言い返そうとした、その時だった。
「……仕方ない」
静かな声が二人の間へ割って入る。
ヒルデだった。
「今回は私が奢る」
「おぉっ!」
ヘイルズの目が一瞬で輝く。
「流石お嬢さん!」
「いやぁ、楽しみじゃのぉ!」
「……」
アッシュが呆れたように眺める。
「さっきまで船旅が辛いとか言ってた奴とは思えねぇな」
港に笑いが広がった。
そんな和やかな空気の中――。
ユージンがふと苦笑する。
「……やっぱり付いて来るんだね」
視線の先には。
アッシュの足元へちょこんと座る、一匹の白いカーバンクル。
すっかり港にも馴染み、今では船員から干し肉をもらって嬉しそうに食べていた。
「キュウ♪」
「餌付けすんな、お前ら!」
アッシュが思わず叫ぶ。
「可愛いじゃねぇか!」
「縁起良さそうだし!」
「船の守り神になってくれそうだ!」
「お前らなぁ……」
アッシュが頭を抱える。
そんな様子を見ていたレイが嬉しそうにしゃがみ込んだ。
優しくカーバンクルの頭を撫でる。
「よかったですね」
柔らかく微笑む。
「ジニーちゃん」
その一言に。
「……ジニー?」
レオンが固まった。
ユージンもゆっくりとレイを見る。
「……名前、付いたんだ」
「し、仕方ねぇだろ!」
アッシュの顔がみるみる赤くなる。
「いつまでも『おい』とか『お前』じゃ不便だったんだよ!」
「キュウ!」
当のカーバンクル――ジニーは、嬉しそうに返事をすると尻尾をぶんぶん振ってアッシュの足へ擦り寄った。
「完全に飼い主認定されてるね」
ユージンが笑う。
「違ぇって!」
アッシュは慌てて否定する。
しかし、
「でも昨日、普通にブラッシングしてましたよね?」
レイの何気ない一言が追い打ちを掛けた。
「レイ!」
「余計なこと言うなぁぁぁ!!」
港いっぱいに笑い声が響く。
長い戦い。
命懸けの洞窟探索。
数え切れない試練を乗り越えた彼らに、ようやく穏やかで賑やかな時間が戻ってきていた。




