エンチャント
石造りの通りをしばらく歩くと、一軒だけ雰囲気の異なる建物が姿を現した。
他の鍛冶屋のような槌音は聞こえない。
窓からは淡い青白い光が漏れ、入口に掲げられた木製の看板には、幾重にも重なった魔法陣の紋様が彫り込まれている。
「……ここが錬成店か」
レオンは興味深そうに店を見上げた。
扉を開くと、独特の匂いが鼻をくすぐる。
薬品。
鉱石。
そして、魔力を扱った後に残る微かな焦げた香り。
店内には色鮮やかな魔石が棚いっぱいに並べられ、その奥には見たこともない器具が所狭しと置かれていた。
細いガラス管。
金属製の蒸留器。
複雑な魔法陣が刻まれた円形の台座。
「なんか……研究室みたいだな」
レオンが辺りを見回す。
「実際、研究も兼ねてる店は多いからね」
ユージンも興味深そうに棚を眺めながら答えた。
「ごめんくださーい。どなたかいませんか?」
声が店内へ響く。
しばらく静まり返った後――。
「はーいよ~。ちょっと待っててねぇ」
奥から間延びした女性の声が聞こえた。
ガチャガチャと器具を片付ける音が続き、やがて一人の女性ドワーフが姿を現す。
丸眼鏡を掛け、革製のエプロンを身に着けた小柄な女性だった。
「いらっしゃい」
店主はレオン達を見るなり、にやりと笑う。
「あらあら。洞窟に向かったって言う人の子じゃないか」
「噂になってるんですか?」
レオンが驚く。
「そりゃなるさ」
店主は肩をすくめた。
「鉱山区じゃ今、その話でもちきりだよ」
楽しそうに笑った後、視線をユージンへ向ける。
「それで? 今日は何の用だい?」
「これをお願いしたくて」
ユージンは鞄から拳大の魔石を取り出した。
青白く澄んだ結晶が店内の光を受けて静かに輝く。
「あらまぁ……」
店主の目が丸くなる。
「ずいぶん上物だねぇ」
両手で受け取り、光へかざしたり角度を変えたりしながら丁寧に観察する。
「魔力付与かい?」
「はい」
ユージンは頷いた。
「氷属性を付与していただきたいんです」
「氷ねぇ……」
店主は顎へ手を当てる。
「この大きさなら、一度魔力を染み込ませてから定着させる必要があるね」
少し考えてから言葉を続けた。
「今から取り掛かっても、終わるのは夜になるだろうさ」
「料金もそれなりには貰うよ」
「構いません」
ユージンは迷いなく答えた。
「では、明日の朝に受け取りに来ます」
「お代はいくらになりますか?」
「そうさねぇ……」
店主はレオン達をちらりと見渡し、小さく笑う。
「三千五百でいいよ」
「安いな」
ケンジャが鞄の中で小さく呟いた。
それだけ質の高い魔石を加工するにしては、かなり良心的な金額だった。
「ありがとうございます」
ユージンが深く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「任せときな」
店主はひらひらと手を振り、魔石を大事そうに工房の奥へ運んでいった。
◆
店を出る頃には、街は夕焼け色に染まり始めていた。
赤く照らされた石畳を歩きながら、レオンが隣のユージンへ尋ねる。
「氷属性か……」
「リシェルに渡すつもりなのか?」
「それも考えたんだけどね」
ユージンは少し笑う。
「本当の目的は別なんだ」
「別?」
「船旅だよ」
その言葉にレオンは首を傾げる。
ユージンは肩をすくめた。
「前の航海、食事が酷かったでしょ?」
「あ……」
レオンの表情が引きつる。
塩辛い干し肉。
少し傷みかけた魚。
独特な臭いのするスープ。
思い返しただけで食欲が失せそうだった。
「あれは保存環境が良くなかったからなんだ」
ユージンは続ける。
「もし船の食料庫を冷やせれば、食材はずっと長持ちする」
その時。
ケンジャが鞄から顔を出し、感心したように頷いた。
「なるほど」
「魔石で冷気を出し続ければ、簡易的な冷蔵庫になるって訳か」
「そういうこと」
ユージンは微笑む。
「長旅でも新鮮な食材が残れば、みんなの体力も落ちにくいしね」
「なるほどなぁ……」
レオンは素直に感心した。
「流石ユージンだ」
「そんな大したことじゃないよ」
少し照れたように笑うユージン。
その隣では。
相変わらず白いカーバンクルが、ぴたりとアッシュの後ろを歩いていた。
「お前、本当に付いて来る気なんだな……」
アッシュが呆れ半分で呟く。
「キュウ!」
カーバンクルは元気よく返事をする。
「…やれやれ」
思わずアッシュが突っ込むと、レオン達は一斉に吹き出した。
笑い声を響かせながら、一行は宿へと続く夕暮れの石畳を歩いていった。




