義肢
リュクシア鉱山区画。
岩肌を削って造られた通路を進み、レオン達はドワーフ街の一角へと辿り着いていた。
奥まった場所に建つ、小さな鍛冶工房。
煤で黒く染まった金属板が看板代わりに掲げられ、その隙間からは鉄を削る甲高い音と、熱せられた金属の匂いが漏れ出している。
ケンジャは迷うことなく扉へ手を掛けた。
「爺さーん、戻ったぞー」
ギィ……と重い音を立てて扉が開く。
工房の中には、大小様々な工具が壁一面に整然と並び、作業台には義肢や魔道具の部品が所狭しと置かれていた。
炉の熱気が部屋全体を包み込み、独特の油と鉄の匂いが鼻をくすぐる。
その奥で、一人の老人ドワーフが椅子に腰掛けたまま顔を上げた。
「おぉ……戻ったか」
白く伸びた髭を撫でながら、ヘイルズが鼻を鳴らす。
「ほれ、もう出来とるぞ」
老人の視線の先。
作業机の上には、小柄な人間用に作られた義手と義足が並べられていた。
磨き上げられた金属はまだ新品の光沢を放ち、関節部には細かな魔法陣が刻み込まれている。
おそらく、ケンジャの新しい義肢なのだろう。
「おぉ、流石だなぁ」
ケンジャが嬉しそうに笑う。
「じゃあ早速頼む」
慣れた足取りでヘイルズの正面に置かれた椅子へ腰掛けると、両腕と両脚を差し出した。
ヘイルズは黙って工具を手に取る。
カチャ、カチャ――。
無駄のない手つきで義肢の外装を外していく。
やがて二の腕と太腿の内部から、淡く青白く輝く魔鉱岩が姿を現した。
同時に。
魔力の供給を失った義肢は力なく垂れ下がり、まるで命を失ったかのように動きを止める。
「……」
レオンは思わず息を呑んだ。
機械ではない。
魔法でもない。
だが確かに、あの義肢は身体の一部として機能していたのだ。
「……この人が、ヘイルズさん?」
レオンが小声で尋ねると、ユージンは静かに頷いた。
「そう。ケンジャの手足を作った職人だ」
そして作業台の上に置かれた設計図へ視線を向ける。
「シンの義肢製作にも協力してくれる人だよ」
「まぁ、そのシンって子の方は、まだ何も始められとらんがの」
ヘイルズは義手を外しながらぼやく。
「本人の寸法を測らんことには、どうにもならん」
「そりゃそうか」
レオンも納得するように頷いた。
やがて四本すべての義肢が外される。
椅子へ座るケンジャの姿は、改めて見れば痛々しくも異様だった。
しかし本人はまるで気にした様子もない。
「ほれ」
ヘイルズは新しい義肢へ魔鉱岩を組み込み始めた。
精密な内部機構へ慎重にはめ込むと、そのまま右腕を持ち上げる。
「これで……」
カチリ。
肩口で接続音が鳴る。
工房に一瞬、静寂が落ちた。
次の瞬間。
ピクリ、と義手が震えた。
「おぉ……!」
レオンとユージンの声が重なる。
ケンジャはゆっくりと指を握り、開く。
肘を曲げ。
肩を回す。
一連の動作はあまりにも自然で、本物の腕と見分けがつかないほどだった。
「うん……少し重い気もするが、問題ないな」
「前に話した通り、少し頑丈に作っとるからの」
ヘイルズが鼻を鳴らす。
「二、三日も使えば身体が勝手に馴染むじゃろ」
その後も新しい義手と義足が次々に取り付けられていく。
ケンジャは以前の義手を開き、中へ収納されていた工具、小型ナイフ、魔石ケースなどを慣れた手つきで新しい義手へ移し替えた。
「すげぇ……」
レオンは素直に感嘆の声を漏らす。
「だろ?」
ケンジャが得意げに笑う。
そんな二人を横目に見ながら、ヘイルズは静かに口を開いた。
「さて……」
職人の目がレオンへ向く。
「次は魔鉱岩じゃ」
「どれほどの代物か、見せてみぃ」
「あぁ」
レオンは背負っていた包みを静かに床へ下ろした。
布を解く。
そこから姿を現したのは、洞窟最深部で命懸けの末に持ち帰った巨大な魔鉱岩だった。
工房の灯火を受け、青白い結晶が幻想的な輝きを放つ。
「……ほぉ」
ヘイルズの目が細くなる。
先ほどまでの穏やかな老人ではない。
獲物を見定める職人の眼差しだった。
無言のまま近づき、角度を変えながら表面を丹念に観察する。
何度も軽く叩き、耳を澄ませる。
「……ふむ」
やがて難しい顔で腕を組んだ。
「二つ分……取れるかどうか、といったところじゃな」
「え?」
レオンは思わず聞き返した。
「こんなに大きいのにか?」
「これはまだ原石だからな」
ケンジャが軽く拳で魔鉱岩を叩く。
「義肢に使えるのは中心部だけだ。一番純度の高い核を取り出さなきゃならん」
「削ってみんことには分からん」
ヘイルズも頷く。
「不純物が多ければ、その分だけ使える量は減る」
「……そういうものなのか」
レオンは思わず腰の剣へ視線を落とした。
ラヴィーナから託された剣。
柄元には大きな魔鉱岩が埋め込まれている。
今までは"珍しい石"くらいにしか考えていなかった。
だが今なら分かる。
あの剣には、それほどまでに貴重な素材が惜しげもなく使われていたのだ。
ラヴィーナが自分へ託した想いの重さを、改めて実感する。
「……よし」
ヘイルズが工具を構えた。
次の瞬間――
――ガァンッ!!
「うおっ!?」
拳ほどの大きさの破片が勢いよく飛び散り、レオンは思わず一歩身を引く。
ヘイルズは気にも留めず、迷いなく原石を割り進めていく。
「……この欠片は、もう使えないのか?」
散らばった結晶片を見ながらレオンが尋ねる。
「そんなわけあるか!」
ケンジャは即座にしゃがみ込み、一つ拾い上げた。
「魔鉱岩じゃなくても、立派な高品質の魔石だ」
青白く輝く拳大の結晶を掲げる。
「細かく砕けば、俺の義肢みたいな魔道具の動力源になる。」
「このサイズのままなら杖へ組み込んで魔力を蓄積し、強力な魔法を一気に放つ触媒としても使えるぞ」
「へぇ……」
レオンは感心したように頷く。
「じゃあ、武器へのエンチャントなんかも頼めるのか?」
「……それは無理じゃ」
ヘイルズが即答した。
「わしには魔法適性がない。属性付与は専門外じゃ」
「この街なら氷属性と土属性の付与ができる鍛冶師がいるぞ」
ケンジャが補足する。
「氷か……土か……」
レオンが腕を組み考え込む。
その隣で。
魔石を見つめていたユージンが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「……ケンジャ。その魔石、一つもらってもいいかな?」
「ん?」
ケンジャは首を傾げたあと、すぐに笑う。
「構わんさ。元々お前達が持ち帰った物だ」
そう言って手にしていた魔石を軽く放り投げる。
ユージンはそれを両手で受け止めると、静かに青白く輝く結晶を見つめた。




