贈り物
洞窟の入口を覆っていた張り詰めた空気は、王妃フロスディアの登場によって一変していた。
つい先ほどまで武器を構えていた亜人兵達は、次々と剣や槍を収めていく。
周囲を包んでいた殺気も、少しずつ薄れていった。
それでもなお――。
兵士達がレオン達へ向ける視線には、困惑と驚きが色濃く残っている。
「……まさか、本当に人間へ通行許可が出されるとはな……」
獣人兵の一人が、思わずといったように呟く。
「しかも、王妃様直々だぞ……」
隣の兵士も信じられない様子で息を漏らした。
その声を耳にしたウェルフが、苦笑混じりに肩を竦める。
「まぁ、驚くわな。俺だって信じられねぇくらいだ」
「そうなんですか?」
レイが小さく首を傾げる。
ウェルフはレオン達へ向き直り、腕を組んだ。
「リュクシアは基本、人間を受け入れねぇ国なんだ。交易目的ですら許可が下りることなんて滅多にねぇ」
一度言葉を切り、静かに続ける。
「ましてや"正式な入国許可"なんざ……」
その口元に苦笑が浮かぶ。
「お前らが初めてだよ」
「……マジかよ」
アッシュが思わず目を見開いた。
冗談を言っているようには、とても見えない。
そんな彼らを見届けるように、フロスディアがゆっくりと振り返った。
「リュクシア本国は、この島の中心部にございます」
静かでありながら、不思議と耳によく届く声。
「ここはあくまで外縁部。港町と鉱山区画に過ぎません」
彼女の視線が、森のさらに奥へ向けられる。
巨大な樹々が幾重にも重なり合い、深い霧の向こうに続く大樹海。
遠目に見ても、その光景は異質だった。
空を覆うほどの巨木が連なり、まるで島そのものを守る巨大な壁のように立ちはだかっている。
「必要があれば、いつでも王都へお越しください」
そう言ってフロスディアが片手を差し出す。
隣に控えていた従者が、小さな木箱を静かに開いた。
「……?」
レオン達は思わず身を乗り出す。
箱の中には、銀細工で作られた首飾りが六つ。
中央には透き通る翠色の宝石が埋め込まれ、夕陽を受けて淡く輝いていた。
「それは、リュクシアの入国証です」
フロスディアが静かに告げる。
「それを持つ者には、リュクシア領内への立ち入りを許可いたします」
「え……」
思わず声を漏らしたのはユージンだった。
「そ、そんな大事な物を……僕達なんかに渡してしまって、本当にいいんですか……?」
「簡単に授ける物ではありません」
迷いのない即答だった。
「ですが、貴方達は既に資格を示しました」
金色の瞳が、一人ひとりを静かに見つめる。
「亜人を救い。」
「精霊に認められ。」
「そして、ラヴィーナの意志を継いだ。」
その言葉に、イレーネが小さく目を伏せる。
複雑な感情が胸を過ぎったのだろう。
「……王妃様がお決めになったことだ」
小さく息を吐きながら、そっぽを向く。
「私から言うことは何もない……」
レオンは差し出された首飾りを手に取った。
ひんやりとした銀細工の感触。
決して軽い意味を持つ品ではない。
それでも、不思議と重圧ではなく、信頼の重みだけが胸に残った。
「……ありがたく受け取ります」
「えぇ」
フロスディアは穏やかに頷いた。
やがて馬車がゆっくりと動き始める。
ザザンカとイレーネが左右につき、護衛の亜人兵達が列を整えながら歩き出した。
目指す先は、巨大樹の森の奥。
誰も容易には足を踏み入れられない、リュクシア王国の中心地。
その途中。
「……おい」
不意にイレーネが立ち止まった。
振り返ることなく、横目だけでレオンを見る。
その視線は、腰に携えた一本の剣へ向けられていた。
「その剣は……あの馬鹿弟子の剣だ」
ラヴィーナから託された剣。
一瞬だけ沈黙が流れる。
「無様に折るなよ」
それだけ言い残し、今度こそ振り返ることなく歩き去っていった。
やがて王妃一行の姿は、深い森の中へと消えていく。
辺りに静寂が戻った。
「……なんか、とんでもねぇことになってねぇか?」
アッシュが頭を掻きながら苦笑する。
「……はぁ」
ユージンは大きく息を吐いた。
「流石に今日は色々ありすぎました……」
「ははっ!」
ウェルフが豪快に笑う。
「大したもんだぜ、お前ら!」
その後ろでは、ドワーフ達もまだ現実味が湧かないといった顔で互いを見合わせていた。
「さて」
ケンジャが義手を軽く鳴らす。
金属音が乾いた空気に響いた。
「今後の動きを決めるとするか」
自然とレオン達が集まる。
「俺とレオン、それにユージンはヘイルズの爺さんの所へ行く」
ケンジャはレオンの背負う荷物へ目を向けた。
「魔鉱岩を持ってんなら、まずはあの偏屈ドワーフに見せねぇと話は始まらねぇ」
「シンの義肢か……」
レオンは大切そうに魔鉱岩へ視線を落とす。
「あぁ」
ケンジャは力強く頷いた。
「あの大きさなら十分だ。きっと作れる」
その言葉に、レオンは小さく拳を握り締めた。
(待ってろよ……シン)
必ず、お前を元通り戦えるようにしてみせる。
「なら俺は鍛冶屋に顔出してくるかな」
アッシュが肩をぐるりと回した。
「帰る前に親父さんに武器見てもらいてぇしな」
「私も同行します」
レイが静かに頷く。
「せっかくです。私の剣も整えていただこうかと」
「おう、それじゃ一緒に行くか」
即答だった。
「じゃあ私は宿を取ってくるね」
ヒルデが軽く片手を上げる。
「今日は流石に疲れたよ……。先に休ませてもらう」
「あぁ、頼んだ」
アッシュが頷く。
ウェルフ達も笑いながら手を振った。
「俺達も一旦港町へ戻る」
「帰りの船の準備もしなきゃならねぇからな」
「また後で合流しようぜ」
「あぁ」
短く返事を交わし、それぞれが別々の道へ歩き始める。
西へ傾いた陽が森を赤く染めていた。
長い洞窟探索を終えた身体は重く、疲労も限界に近い。
それでもレオンは、一度だけ胸元の首飾りへ視線を落とした。
人間が決して踏み入ることのできなかった国。
その中心へと繋がる唯一の証。
そして――。
シンを救うための、新たな希望。
レオンは静かに顔を上げ、仲間達と共に歩き出した。




