一触即発
「待ってくれ!!」
張り詰めた空気を切り裂くように、ウェルフの叫びが響いた。
次の瞬間。
ウェルフ達亜人族が慌てて駆け出し、レオン達と兵士達の間へ飛び込む。
今にも戦いが始まりそうな緊迫した空気の中。
彼らは迷うことなく、その場で膝をついた。
「ザザンカ様! イレーネ様!」
深く頭を下げるウェルフ。
突然の行動に、周囲の兵士達がざわめいた。
「すまねぇ!! 俺たちがこいつらを連れて来たんだ!!」
森を吹き抜ける風が木々を揺らす。
兵士達の視線が一斉にウェルフへ集まった。
前方に立つ二人のエルフ。
一人は長い髪を揺らす女性――イレーネ。
そしてもう一人は落ち着いた雰囲気を纏う女性――ザザンカ。
ザザンカは静かに目を細めた。
「……どういう事です」
対照的に、イレーネから放たれる怒気は依然として消えていない。
いや、むしろ濃くなっているようにすら感じられた。
「ウェルフ……」
低い声。
静かであるが故に恐ろしい。
「貴様、自分が何をしたのか分かっているのか?」
ウェルフの喉がごくりと鳴った。
だが逃げなかった。
「こいつらは敵じゃねぇ!!」
そう言って顔を上げる。
そして語り始めた。
ゼルガリアで起きた悲劇。
街を襲った魔物の大群。
突如現れた魔装兵器獣。
絶望的な戦況の中、それでも民を守るために戦ったゼルガリア軍とルミナリアの生徒達。
レオン達が命を懸けて戦ったこと。
自分達が受けた恩。
その恩を返すために、リュクシアまで案内したこと。
洞窟へ向かった理由。
そして――。
ウェルフは苦しそうに唇を噛んだ。
「ラヴィーナは……死んだ」
その瞬間。
空気が凍りついた。
森の鳥の声すら聞こえなくなる。
イレーネの目が大きく見開かれた。
「……何?」
信じられない。
そんな声だった。
ウェルフは震える拳を握る。
「最期に……妹のロップが、その剣をレオンへ託したんだ」
沈黙。
風だけが静かに森を抜けていく。
イレーネは微動だにしなかった。
しかし。
その拳だけが小さく震えていた。
「……ラヴィーナが……死んだ……?」
掠れた声。
長い年月を共に過ごしてきた仲間の死。
簡単に受け入れられるものではない。
ザザンカも静かに目を伏せた。
周囲のエルフ達にも動揺が広がっていく。
そんな中。
レオンがゆっくりと前へ出た。
「……俺のせいです」
全員の視線が集まる。
レオンは拳を握り締めた。
爪が食い込むほど強く。
「……魔装兵器獣を前にして動けなかった俺を庇ってくれて……」
悔しさが滲む声。
その言葉を聞いた瞬間だった。
「――ッ!!」
イレーネの姿が消えた。
地面が爆ぜる。
一瞬で距離を詰める。
あまりにも速い。
兵士達ですら目で追えない。
「貴様ァァァァァッ!!」
怒り。
悲しみ。
喪失。
全てを乗せた斬撃がレオンへ振り下ろされる。
だが――
ガギィィィィィィンッ!!!!
激しい金属音が森に響いた。
「っ……!!」
割って入ったのはアッシュだった。
大剣を両手で握り締め、イレーネの剣を受け止めている。
だが。
重い。
あまりにも重い。
「ぐっ……!!」
全身の骨が軋む。
腕が震える。
足元の地面には蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていた。
力量差は明らかだった。
それでも。
アッシュは一歩も退かなかった。
「アッシュ!!」
レオンが叫ぶ。
後方ではレイとヒルデが即座に武器へ手を伸ばし、ユージンも警戒を強める。
だが。
「手ェ出すなァッ!!!」
アッシュの怒声が響いた。
その一喝に全員が動きを止める。
アッシュは歯を食いしばりながらイレーネを睨み返した。
「どけ!!」
「どかねぇ!!」
剣と剣が激しく軋む。
火花が散る。
兵士達もエルフ達も息を呑んで見守るしかなかった。
今にも戦いが始まろうとしていた。
その時だった。
「キュゥゥゥッ!!」
甲高い鳴き声。
荷馬車の方から小さな影が飛び出した。
「!?」
レオン達が目を見開く。
現れたのはカーバンクルだった。
港町で出会い、いつの間にか荷馬車へ潜り込んでいた小さな精霊獣。
カーバンクルは二人の間へ飛び込む。
そして。
額の宝石が眩く輝いた。
ブワァァァァァッ!!
突風が巻き起こる。
草木が大きく揺れた。
砂埃が舞い上がる。
「っ!?」
イレーネの身体が後方へ弾かれた。
兵士達から驚きの声が漏れる。
「精霊が……?」
「まさか……」
ざわめきが広がる。
イレーネは信じられないものを見るように目を見開いていた。
カーバンクルはレオン達の前へ着地する。
小さな身体を精一杯大きく見せるように毛を逆立て、低く唸った。
まるで。
彼らを守ろうとするように。
「何故だ……」
イレーネが呆然と呟く。
「何故、精霊がお前達人間を……」
理解できない。
精霊は人間を警戒する存在だ。
それなのに。
この精霊は明確にレオン達を庇っていた。
その時だった。
「やめなさい、イレーネ」
静かな声が響く。
不思議と、その場にいた全員の耳へ届いた。
争いの熱を冷ますような声。
全員が振り向く。
森の街道に停まっていた豪華な馬車。
白銀の装飾が施されたその扉が、ゆっくりと開いていく。
イレーネの表情が変わった。
「……っ」
即座に片膝をつく。
ザザンカも続いた。
兵士達も一斉に頭を垂れる。
先程までの緊張とは別種の空気が広がった。
敬意。
畏怖。
そして絶対的な信頼。
やがて。
馬車から一人の女性が姿を現した。
陽光を受けて輝く長い銀髪。
頭部から伸びる、美しく神秘的な龍の角。
白銀の衣装は気品に満ち、その一歩一歩には揺るぎない威厳が宿っている。
人とは異なる存在。
それでいて目を離せないほど美しい。
まるで伝承に語られる神獣が、そのまま人の姿を取ったかのようだった。
彼女が現れた瞬間。
荒れていた空気は嘘のように静まり返る。
誰もが自然と息を呑んだ。
リュクシア王国王妃。
半龍人――フロスディア。
その存在だけで、場の空気は完全に塗り替えられていた。




