悪精
簡単な会話だけで終わらせず、洞窟の不気味さや徐々に高まる緊張感を意識して繋げてみた。
洞窟の中は、外とはまるで別世界だった。
湿った空気が肌にまとわりつく。
岩壁を伝う水滴が、一定の間隔で地面へ落ちていた。
――ポタ……ポタ……
その音だけが、静まり返った空間に不気味に響く。
ランタンの灯りが揺れるたび、壁に映る影も歪み、まるで何かが動いているように見えた。
「にしてもデケェな……この洞窟」
先頭を歩くアッシュが周囲を警戒しながら呟く。
天井は低い。
しかし通路自体は広く、場所によっては十人以上が横に並べそうなほどだった。
「ドワーフ達が掘ったって話だったけど……途中から自然洞窟になってる感じだな」
アッシュが岩肌を軽く叩く。
コン、と乾いた音が響いた。
後方のユージンが周囲を見渡す。
「人工的に削られた痕と、自然形成された場所が混ざっているね……」
「かなり昔から使われていた洞窟なのかもしれない」
「昔から、か……」
レオンが辺りを見回す。
静かだった。
広大な洞窟だというのに、妙なほど静かだ。
魔物の気配も薄い。
それが逆に不気味だった。
その時。
「……」
レイが前を歩くアッシュの腰元へ視線を向けていた。
「ん?」
気づいたアッシュが振り返る。
「どうした?」
「……本当に新品みたいですね」
レイの視線の先。
アッシュの腰に下げられた剣は、ランタンの灯りを受けて鈍く輝いていた。
「おう」
アッシュは嬉しそうに剣を軽く抜く。
銀色の刀身に傷一つない。
「鍛冶屋のオッサンには本当に感謝してるぜ」
「見違えるくらい使いやすくなった」
「そうですね……」
レイも頷く。
そして、自分の剣へ視線を落とした。
長年使い込まれた愛剣。
手入れは欠かしていない。
しかし細かな傷までは隠せない。
「……私も打ち直して頂きたかったなぁ……」
少し羨ましそうに呟く。
「お前の剣も十分いい剣だろ」
「そうですけど……」
「やっぱりあの職人さん、本当に腕がいいですね」
アッシュが笑った。
「また来ればいいじゃねぇか」
「……その時は」
レイが小さく微笑む。
「また皆で来たいですね」
その和やかな空気を切り裂くように、後方から低い声が飛んだ。
「……お前ら集中しろ」
ヒルデだった。
最後尾を歩きながら、鋭い目で暗闇を睨んでいる。
「この暗闇の中だ」
「どこから魔物が現れてもおかしくない」
「あ、悪い悪い」
アッシュが頭を掻く。
レイも慌てて表情を引き締めた。
レオンも前へ視線を戻す。
ランタンの明かりが届く範囲は狭い。
その外側は、完全な闇。
まるで洞窟そのものが侵入者を飲み込もうとしているような、不気味な圧迫感があった。
しばらく進んだ時だった。
「……あれ」
レオンが足を止める。
通路脇。
崩れかけた木製の看板が岩壁に立て掛けられていた。
「なんだこれ……?」
アッシュがランタンを近づける。
古びた文字。
ところどころ削れているが、辛うじて読むことができた。
『――この先 悪精出没注意』
「悪精……」
レイが小さく呟く。
するとユージンが思い出したように口を開いた。
「そういえば、リュクシアでは友好的な魔物を“精霊”、敵意のある魔物を“悪精”と呼ぶみたいだね」
「あのカーバンクルみたいなのが精霊で、襲ってくる奴が悪精ってことか」
レオンが納得したように言う。
「うん」
「国柄なんだろうね」
ユージンが頷く。
アッシュが鼻を鳴らした。
「呼び方は違っても、危ねぇ奴がいる事には変わりねぇって訳だ」
その言葉に、全員の空気が僅かに張り詰める。
ただの洞窟探索ではない。
誰もが、それを肌で感じ始めていた。
ヒルデが静かに前を見る。
「……行くぞ」




