洞窟探索
翌朝。
まだ陽が昇りきる前だというのに、ドワーフ街はすでに活気に満ちていた。
カン、カン、と鉄を打つ音。
煙突から立ち上る黒煙。
どこかの酒場から聞こえる怒鳴り声。
人間の街ならまだ寝静まっている時間だというのに、この国ではすでに一日が始まっている。
そんな騒がしい街の一角。
宿の前には、レオン達の姿があった。
全員、探索用の装備に身を包んでいる。
腰には武器。
背には荷物。
縄やランタンの確認も済ませ、いつでも出発できる状態だった。
「……忘れ物はないな?」
ヒルデが全員を見回す。
「大丈夫です」
レイが頷く。
アッシュも背負い袋を軽く叩いた。
「食料、水、縄、ランタン……まぁ何とかなるだろ」
「その“何とかなる”が一番怖いんだけどね……」
ユージンが苦笑する。
「お前は心配性過ぎんだよ」
「慎重って言ってほしいな」
「そのくらいで丁度いい」
ヒルデが静かに口を挟んだ。
「油断した奴から死ぬ」
その一言で、場の空気が少し引き締まる。
すると。
宿の扉が開き、店主のドワーフが姿を見せた。
「……もう行くのか」
「あぁ」
レオンが頷く。
「洞窟の方へ」
「……そうか」
店主は腕を組み、少しだけ真面目な顔になる。
「忠告しとく」
「洞窟ん中じゃ獰猛な悪精が頻繁に目撃されてる」
「それに、奥の方には近づきたがらねぇ奴も多い」
「気をつけな」
「……ありがとうございます」
レイが丁寧に頭を下げた。
店主は気恥ずかしそうに鼻を鳴らす。
「別に死なれると寝覚めが悪いだけだ」
「帰ってくるなら酒くらい付き合え」
「ははっ、そりゃいい」
アッシュが笑う。
「その時ゃ一杯奢ってくれよ」
「馬鹿言え。客が払うもんだ」
ぶっきらぼうに返す店主だったが、その目には確かな気遣いがあった。
「行ってきます」
ユージンが小さく頭を下げる。
店主は片手を上げるだけで見送った。
「おう。死ぬなよ」
◇
街を抜けたレオン達は、山の麓へと向かっていた。
やがて。
その姿が見えてくる。
「……でかいな」
レオンが思わず呟いた。
巨大な裂け目。
まるで山そのものを何者かが無理矢理引き裂いたような、大穴だった。
裂け目の奥からは、冷たい風が絶えず吹き出している。
「自然に出来たって規模じゃないね……」
ユージンも見上げながら息を呑む。
底は見えない。
暗闇だけが続いている。
まるで巨大な獣が口を開き、侵入者を待ち構えているようだった。
「……いくぞ」
アッシュが腰のランタンに火を灯す。
ぼうっ、と橙色の炎が揺れる。
続いてヒルデ。
ユージン。
三つの明かりが暗闇を照らした。
自然と誰の表情も引き締まる。
ヒルデが全員を見渡した。
「隊列は昨日話した通りだ」
「先頭がアッシュ」
「その後ろにレオン、レイ、ユージン」
「最後尾は私が見る」
「何かあったらすぐ声を出せ」
「了解」
全員が頷く。
アッシュが剣の柄を握り、一歩前へ出た。
「それじゃ……行くぞ」
その一言を合図に。
レオン達は巨大な裂け目の中へ足を踏み入れた。
◇
中は想像以上に暗かった。
入口から差し込む光はすぐに消え失せ、ランタンの明かりだけが周囲を照らしている。
ぽたっ……
ぽたっ……
どこかで水滴が落ちる音。
湿った空気。
冷たい岩肌。
足音だけが不気味に反響していた。
「……滑るな」
先頭を進むアッシュが慎重に地面を確認する。
「足元気をつけろよ」
「うん……」
ユージンが慎重に後を追う。
レイも周囲へ神経を張り巡らせながら、いつでも抜刀できるよう剣に手を添えていた。
最後尾のヒルデは静かに周囲を観察している。
誰もが自然と声を潜めていた。
洞窟そのものが、侵入者を拒むような異様な圧迫感を放っている。
そんな中。
レオンは暗闇の先を見つめながら、静かに拳を握った。
脳裏に浮かぶのは、一人の少年。
両足を失いながらも、前を向こうとしていた仲間。
(……待ってろよ)
シンの笑顔が脳裏をよぎる。
(……シン)
必ず。
必ず手に入れる。
仲間を、もう一度立たせるために。
その強い想いを胸に。
レオン達は、ランタンの灯りだけを頼りに、果ての見えない闇の奥へと進んでいった。




