温泉
宿へ戻ったレオン達は、それぞれ買い集めた荷物を部屋へ運び込んでいた。
縄。
保存食。
ランタン。
探索道具。
洞窟探索に必要な品々はほぼ揃い、準備も順調に進んでいる。
「……よし!」
荷物を置き終えたアッシュが大きく背伸びをした。
「それじゃ温泉だ!」
「急に元気になったな」
レオンが呆れたように笑う。
「温泉は別だろ、温泉は!」
「さっきまで疲れたって言ってた奴とは思えないな」
「疲れてるからこそ温泉なんだよ!」
そんな他愛のないやり取りをしながら、一行は宿の近くにある温泉施設へ向かった。
◇
温泉施設は、岩山を削って作られたような造りだった。
入口からすでに白い湯気が漏れ出している。
中に入ると、店番らしいドワーフが無愛想な顔のまま男女の暖簾を指差した。
ヒルデとレイは自然に女湯へ向かう。
「それじゃ後で」
「はい」
二人が暖簾をくぐろうとした――その時。
その後ろを当然のようにケンジャがついていく。
「……」
「……待てゴラァ!!」
アッシュが即座に首根っこを掴んだ。
「何だ」
ケンジャが不思議そうに振り返る。
「何だじゃねぇ!」
「何当たり前みてぇに女湯入ろうとしてんだ!!」
「何を言う」
ケンジャは真顔だった。
「私はれっきとしたメスだぞ?」
「…………は?」
一瞬、空気が止まる。
レオン達の視線が一斉にケンジャへ集まった。
「……お前、メスだったのか……」
アッシュが引きつった顔で言う。
「知らなかったのか?」
ケンジャは首を傾げる。
「元の肉体――ケツァルコアトルは雌だ」
「いや待て待て」
ユージンが困惑したように言った。
「でも元は男なんだよね……?」
「魂と肉体は別問題だ」
「難しい話するなぁ……」
アッシュが頭を抱える。
レオンは少し考えて、
「……いや、普通にこっちでいいだろ」
「魔物の性別気にする奴なんていないだろ」
「雑だなお前!?」
「合理的と言え」
結局。
ケンジャは男湯へ連行された。
◇
男湯へ入ると、巨大な石造りの浴場が広がっていた。
白い湯気。
硫黄の香り。
広々とした湯船からは心地よい熱気が立ち上っている。
「っはぁぁぁ〜〜……」
先に浸かったアッシュが盛大に声を漏らした。
「生き返るわぁ〜……」
「お前、親父臭いぞ」
レオンが呆れる。
「うるせぇ」
だがアッシュは満更でもなさそうだ。
一方、ユージンは隅で桶にお湯と水を汲んでいた。
「熱すぎるとダメだよね……」
慎重に温度を調整し、小さな湯桶を作る。
「入っていいよ」
「うむ」
ケンジャが静かに浸かる。
「……うん」
「丁度いい」
「それは良かった」
ユージンも微笑みながら湯船に身体を沈めた。
「ふぅ……気持ちいいね」
「あぁ……」
レオンも小さく息を吐く。
船旅。
森での移動。
戦いの日々。
積み重なった疲労が、少しずつ溶けていくようだった。
静かな時間が流れる。
その時。
ケンジャがぽつりと呟いた。
「……で?」
「いつ覗きに行くんだ?」
「ブッ!!」
アッシュが思い切りむせた。
「バカ何言ってんだてめぇは!!」
「思春期だろ?」
ケンジャは真顔だ。
「行くだろ、覗きに」
「行かねぇよ!!」
「やめとけ……」
レオンが即座に止める。
「命がいくつあっても足りない」
「はは……確かに」
ユージンが苦笑する。
「ヒルデさん怒らせたら怖そうだし……」
「レイも普通に斬ってきそうだよな」
「うむ」
なぜかケンジャだけが妙に納得していた。
◇
その頃。
女湯では。
白い湯気の中、レイが少し恥ずかしそうに肩まで浸かっていた。
「はぁ……」
身体から力が抜けていく。
対するヒルデは慣れた様子で湯に浸かり、ゆったりと息を吐いていた。
レイは思わずその姿を見てしまう。
「……そんなに見るな」
ヒルデが呆れたように言う。
「すっ……すみません……」
レイは慌てて視線を逸らした。
「その……羨ましくて……」
「……」
ヒルデは少し目を丸くすると、ふっと笑った。
「お前だって、そのうち成長する」
「焦る必要はないさ」
「……!」
レイの顔が赤くなる。
「ありがとうございます……」
二人は肩まで浸かりながら、静かな時間を楽しんでいた。
するとヒルデが何気なく口を開く。
「それで……」
「レイは誰か気になる奴でもいるのか?」
「――っ!!?」
レイの顔が一気に真っ赤になった。
「なっ……なな何言ってるんですかヒルデさん!!」
「はははっ!」
ヒルデが楽しそうに笑う。
すると周囲で湯に浸かっていた女ドワーフ達も興味津々に集まってきた。
「お?」
「恋話か?」
「聞かせろ嬢ちゃん!」
「若いのぉ!」
「かっ……勘弁してくださいぃ……!!」
湯気の中に、真っ赤になったレイの悲鳴と、楽しそうな笑い声が響き渡る。
その夜。
ドワーフ街の温泉には、久しぶりに戦いを忘れた仲間達の穏やかな時間が流れていた。




