ヘイルズ
街の喧騒から少し離れた石畳の道を、ユージンは一人歩いていた。
両腕には大量の荷物。
干し肉に保存食、水袋。
これから向かう洞窟探索に備えて買い込んだ物資が、ずっしりと腕へ重みをかけている。
「はぁ……」
小さく息を吐く。
普段は後方支援が主なユージンにとって、これだけの荷物を抱えて歩くのはなかなか骨が折れる作業だった。
前方では、小さな影がちょこちょこと歩いている。
ケンジャだ。
小さな身体で軽快に進むその姿を見ながら、ユージンは少し疲れた声を漏らした。
「……そろそろ目的地には着くのかな?」
「もう少しで着く」
振り返りもせず返ってくる短い返事。
「そう……」
ユージンは苦笑混じりにため息をついた。
手伝うと言った割には、ケンジャは荷物を一つも持っていない。
案内役に徹していると言えば聞こえはいいが、実質的には全部ユージンが運んでいる状態だった。
文句を言うほどではない。
だが、少しだけ納得がいかなかった。
そんなことを考えながら、前を歩くケンジャの背中を見る。
歩くたびに、小さな羽がぱたぱたと揺れていた。
以前から気になっていたことがある。
「……前から思ってたんだけど」
「なんだ?」
「ケンジャって飛べるのかい?」
質問に、ケンジャは一瞬だけ振り返った。
だがすぐに前へ向き直す。
「無理だ」
あっさりとした返答だった。
「まだ幼体の身体な上に、手足の重量が重くて飛べないな」
「手足の重量?」
「今の義手と義足は魔鉱岩製だからな。見た目以上に重い」
「……なるほど」
ユージンは曖昧に頷いた。
確かに言われてみれば納得できる。
だが、それ以上詳しく聞こうとした瞬間――
「あそこだ」
ケンジャが前方を指差した。
ユージンは顔を上げる。
そして思わず安堵の息を漏らした。
「……やっとか」
そこに建っていたのは、街外れにある古びた民家だった。
周囲の建物と比べても明らかに年季が入っている。
壁はところどころ色褪せ、屋根も古い。
だが煙突からは薄く煙が立ち上っており、人の気配は感じられた。
二人はそのまま扉を開ける。
すると――
「……ほぉ?」
奥から低い声が聞こえた。
部屋の中央には、一人の老人が座っていた。
小柄な体格。
腰まで伸びた白い髭。
煤で黒く汚れた作業着。
街で見かけたドワーフ達よりもさらに高齢で、長い年月を生きてきたことが一目で分かる。
その老人を見たケンジャは、まるで昨日会った知人に話しかけるような口調で言った。
「二年ぶりだな、ヘイルズ」
「身体が大きくなってきたから、手足を取り替えて欲しいんだ」
「おぉ、珍獣か」
老人――ヘイルズは目を細めた。
「もう二年も経っとったのか」
「どれ、見せてみぃ」
ケンジャは慣れた様子で椅子へ飛び乗る。
そして右腕を差し出した。
ヘイルズがそれを掴む。
次の瞬間。
カチャリ。
まるで工具でも取り外すかのような軽い音が響いた。
「……!」
ユージンの目が大きく見開かれる。
ケンジャの腕が外されたのだ。
何度見ても慣れない光景だった。
「ケンジャ……この方は?」
「ヘイルズだ」
ケンジャは平然と答える。
「私に義手と義足をつけてくれたドワーフだ」
「義手……義足……」
ユージンは改めてケンジャを見る。
そういえば以前聞いたことがあった。
ケンジャの手足は、生まれつきのものではない。
「フォッフォッフォ」
ヘイルズが愉快そうに笑った。
「懐かしいのぉ」
「最初は酒のつまみになるかと思って捕まえたんじゃが」
「まさか喋るとは思わんかったからの」
「……」
ユージンは固まった。
(食べる気だったんだ……)
さらりと恐ろしいことを言われた気がする。
だが当のケンジャは特に気にした様子もない。
「魔鉱岩で手足を再現するとは、中々面白い提案じゃった」
「おかげでワシも楽しませてもろうたわ」
ヘイルズは笑いながら寸法を測っていく。
紙へ数字を書き込み、時折腕を撫でながら状態を確認する。
しばらくしてから満足そうに頷いた。
「ふむ……」
「完成には少し時間がかかるな」
「また来るといい」
「少し大きめに作っといた方が良さそうじゃ」
「……助かる」
ケンジャは頷いた。
そして、少しだけ間を置く。
「それと、もう一つ頼みがあるのだ」
「ん?」
ヘイルズが顔を上げる。
「なんじゃ?」
「もう一人分、作って欲しいんだが」
その言葉にヘイルズの眉が動く。
「そいつは今、ルミナリアに居る」
「だから一緒に来て欲しいのだ」
「……」
一瞬、部屋が静まり返った。
そしてヘイルズは深々とため息を吐く。
「お前さん……」
「それは無理って奴だ」
「ワシがわざわざこの国を出る理由がないからな」
腕を組みながら続ける。
「それに魔鉱岩だってどうするつもりなんじゃ?」
「魔鉱岩は私の仲間達が必ず取る」
ケンジャは即答した。
一切迷いがない。
そして隣へ視線を向ける。
「……そうだろ? ユージン」
「……あぁ」
ユージンも頷く。
「私も作れなくはない」
「だが、どうしても精密な部分であんたに劣る」
「なら、最初からあんたに頼んだ方が早い」
「いや、だからな――」
ヘイルズが再び断ろうとした、その時だった。
ケンジャがちらりとユージンを見る。
そして視線を鞄へ向けた。
「……?」
一瞬だけ意味を考えたユージンだったが、すぐに理解する。
言われるまま鞄を開き、中から一本の酒瓶を取り出した。
その瞬間。
ヘイルズの目が見開かれた。
「そっ……それは!」
身を乗り出す。
視線は酒瓶に釘付けだった。
ケンジャの口元がわずかに吊り上がる。
「ゼルガリア産だ」
「多種多様な種族が集まる国の知識と文化の結晶」
「特に食文化に関しては他国の追随を許さない」
ヘイルズの喉がごくりと鳴った。
「そんな国で造られた酒だ」
「こんな辺境の街じゃ、まず手に入らない逸品だな」
「ぬぅぅぅぅ……」
ヘイルズの顔が見る見るうちに苦悩に染まる。
断るべきか。
飲みたいか。
心の葛藤がそのまま表情に出ていた。
数秒後。
ついに決壊した。
「わっ……分かった!!」
勢いよく立ち上がる。
「お前さんの口車に乗ってやろう!!」
そして酒瓶へ両手を伸ばした。
「だから早くそれをワシにくれぇぇぇ!!」
「……」
ユージンはしばらく無言だった。
目の前で起きた光景が信じられなかったからだ。
頑固そうな老職人。
絶対に動かないと思っていた人物。
それが一本の酒であっさり陥落した。
(……嘘でしょ)
(本当に酒に目が無いんだ……)
呆れと驚きが入り混じった視線を向けるユージンの横で、ケンジャはどこか勝ち誇ったような顔をしていた。
どうやら、この結果は最初から予想通りだったらしい。




