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アッシュの剣

夕暮れのドワーフ街を、レオンとアッシュは並んで歩いていた。


西の空は赤く染まり、石畳にも夕陽が長い影を落としている。


だが、街の活気は衰えるどころか増していた。


――カンッ!!


――ガンッ!!


工房から響く金属音。


炉から吹き上がる熱風。


飛び散る火花。


そして酒場から漏れてくる豪快な笑い声。


まるで街全体が巨大な鍛冶場のようだった。


「……経験上、縄は持ってた方がいいだろうな」


周囲を見回しながらアッシュが言う。


「洞窟ってのは足場の悪い場所が多いし、穴や崖も珍しくねぇ」


「ランタンも全員分あった方がいいだろ」


「分かった」


レオンは素直に頷いた。


「ツルハシとかも必要か?」


「……いや」


アッシュは少し考えてから首を振る。


「最悪、岩くらいなら剣で叩き割るしかねぇだろ」


「持てる荷物にも限界がある」


「厳選していこうぜ」


「だな」


二人は道具屋を探しながら通りを進む。


だが、その途中。


ふとアッシュの足が止まった。


視線の先には一軒の武器屋。


店先には巨大な大剣や戦槌が並び、奥では赤熱した鉄が打たれている。


ドワーフ達が忙しそうに行き交い、絶えず槌の音が響いていた。


アッシュは腰に差した剣へ視線を落とす。


無数の傷。


細かな刃こぼれ。


何度も研ぎ直されて痩せた刀身。


長い年月を共にしてきた相棒だった。


「……少し寄ってもいいか?」


ぽつりと呟く。


「剣を研いでもらいたいんだ」


「……あぁ」


レオンはすぐに頷いた。


「構わない」


二人はそのまま武器屋へ足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


店内は外よりもさらに熱かった。


炉の熱気が肌を焼く。


鉄の焦げる匂いと煤の臭いが混ざり合い、空気そのものが重い。


奥では屈強なドワーフが巨大な槌を振り上げていた。


――カンッ!!


――カンッ!!


真っ赤な鉄塊に槌が叩き込まれるたび、火花が散る。


その迫力に、レオンは思わず目を奪われた。


アッシュはそんな職人へ声を掛ける。


「……すまねぇ」


「剣を打ち直して欲しいんだが」


ドワーフは振り返りもしない。


槌を振るったまま不機嫌そうに返した。


「あぁ?」


「今からか?」


露骨に嫌そうな声だった。


「勘弁してくれよ……」


「店に並んでるのを買え」


「その方が早ぇぞ」


「そこを何とか頼むよぉ」


アッシュが苦笑しながら頭を掻く。


「長い付き合いの剣なんだ」


「今さら他の奴に乗り換える気になれなくてな」


その言葉に。


ドワーフの槌が止まった。


工房の中に沈黙が落ちる。


やがて職人は振り返り、顎をしゃくった。


「……見せてみな」


アッシュは腰の剣を抜き、差し出す。


ドワーフは無言で受け取った。


刀身を眺める。


指先で刃をなぞる。


細かな傷。


削れた刃先。


何度も研磨された痕跡。


戦場を渡り歩いてきたことが一目で分かる剣だった。


「……随分ボロボロじゃねぇか」


低い声が漏れる。


だが職人の目は真剣だった。


「けどよ」


「ちゃんと手入れはされてる」


「雑に使われた剣じゃねぇな」


アッシュは静かに頷く。


「あぁ」


「親父から譲り受けた大事な剣なんだ」


「……」


ドワーフは再び刀身を見つめた。


しばらくして小さく鼻を鳴らす。


「……ったく」


「面倒なもん持ち込みやがって」


そう言いながらも、手は丁寧に剣を持っていた。


「いつまでに仕上げればいい」


アッシュの顔が少し明るくなる。


「明日の朝には間に合うか?」


その瞬間。


ドワーフの眉が吊り上がった。


「舐めてんのか?」


低い声。


工房の空気が一瞬張り詰める。


レオンですら思わず身構えた。


だが。


職人はニヤリと口元を歪める。


「……仕上げて見せるさ」


自信に満ちた笑みだった。


「ありがてぇ!」


アッシュが嬉しそうに笑う。


職人は「預かるぞ」とだけ言い、再び炉へ向かった。


二人は礼を言い、店を後にする。


背後では再び槌の音が響き始めていた。


◇ ◇ ◇


武器屋を出てしばらく。


夕陽に染まる街を歩きながら、レオンは少し迷うように口を開いた。


「……アッシュの親父さんって……」


言葉の続きを言う前に。


アッシュは察したように笑った。


「あぁ」


その声は驚くほど穏やかだった。


「死んじまったよ」


レオンの足が僅かに止まる。


「シルバーランクの剣士だった」


アッシュは前を向いたまま続ける。


「戦争でな」


「部隊を逃がす為に、しんがりを務めたらしい」


夕陽が横顔を照らす。


そこに悲しみはあった。


だが、それ以上に誇りがあった。


「……そうか」


レオンは静かに呟く。


「……すまない」


「嫌な事を聞いたな」


「気にすんなって」


アッシュは肩を竦めた。


「俺は親父を恨んじゃいねぇ」


むしろ、と。


少しだけ笑う。


「仲間を守り切ったんだ」


「だったら立派な最期だろ」


その言葉に嘘はなかった。


アッシュは本心からそう思っている。


「……そして俺も」


彼は拳を軽く握った。


「この剣を受け取った時に誓ったんだ」


夕陽を見上げる。


燃えるような空。


どこか懐かしそうな眼差しだった。


「仲間を守る剣士になるってな」


「……」


レオンは黙ってその言葉を聞いていた。


やがて小さく頷く。


「頼りにしてる」


短い言葉。


だがそこには確かな信頼が込められていた。


アッシュは一瞬だけ目を丸くし、そして笑った。


「おう」


「任せとけ」


その笑顔はいつも通りだった。


二人は再び歩き出す。


赤く染まる石畳。


響き続ける鍛冶の音。


熱気と喧騒に満ちたドワーフの街の中を。


それぞれの想いを胸に抱えながら、レオンとアッシュは夕暮れの道を進んでいった。


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