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レイとヒルデ

夕暮れのドワーフ街を、ヒルデとレイは並んで歩いていた。


昼間ほどではないとはいえ、街の熱気は未だ衰えていない。


工房からは絶えず鉄を打つ音が響き、赤々と燃える炉の光が石畳を照らしている。


職人達は仕事を終えた者もいれば、まだ槌を振るい続ける者もいる。


酒場の前では既に出来上がったドワーフ達が肩を組み、大声で歌を歌っていた。


「相変わらず賑やかですね……」


レイが周囲を見回しながら呟く。


対するヒルデは短く答えた。


「静かな方が異常なんだろう」


そう言って前方を指差す。


「……あそこだ」


石造りの三階建ての建物。


入口には煤で黒ずんだ木製の看板が吊り下げられていた。


見た目こそ決して綺麗ではないが、旅人向けの宿であることは間違いない。


二人はそのまま中へ入った。


扉を開けた瞬間。


酒と煙草の匂いが鼻を突く。


薄暗い室内。


木製のテーブルには数人のドワーフ達が座り、酒を酌み交わしていた。


だが――。


ヒルデ達が足を踏み入れた瞬間。


それまで賑やかだった空気がわずかに変わる。


談笑していた声が途切れた。


幾つもの視線が一斉に向けられる。


無遠慮で、値踏みするような目。


レイは思わず背筋を伸ばした。


決して敵意だけではない。


だが歓迎されている訳でもない。


そんな空気だった。


受付の奥にいた店主らしきドワーフが顔を上げる。


立派な髭を蓄えた壮年の男だった。


「……何だ」


愛想の欠片もない声。


だがヒルデは気にした様子もなく受付へ歩み寄る。


「二人部屋を三部屋頼みたい」


店主は返事をしなかった。


無言のまま二人を見つめる。


フードの奥に見える人間の顔。


その瞬間、露骨に眉をひそめた。


「……人間がこんな所まで来て何しに来た?」


低く重い声。


周囲のドワーフ達も自然と会話を止めていた。


レイは空気が張り詰めるのを感じる。


だがヒルデは少しも動じなかった。


店主の視線を真っ直ぐ受け止める。


「……知る必要があるのか?」


静かな声だった。


しかしそれは挑発にも聞こえた。


ぴりり、と。


空気が凍り付く。


レイは思わず息を呑む。


(ヒルデさん……!)


心の中で焦る。


だが当の本人は平然としていた。


店主もまた、じっとヒルデを睨み続ける。


数秒。


やがて鼻を鳴らした。


「……ふん」


そして不機嫌そうに肘をつく。


「どうせ魔石目当てだろう」


「最近はそういう連中ばかりだ」


「騒ぎだけは起こしてくれるなよ」


レイの手に自然と力が入る。


差別的な物言いだと思った。


だがヒルデは気にした様子もない。


「……で?」


淡々と問い返す。


「貸す気があるのか、無いのかどっちなんだ?」


次の瞬間。


――ドンッ!!


店主の拳が受付を叩いた。


木の机が鈍い音を立てる。


「一部屋二千ギルだ」


明らかに高い。


レイもすぐに分かった。


王都ならもっと良い宿に泊まれる金額だ。


店主は試すように顎を上げる。


「嫌なら他を当たりな」


だが。


「構わん」


ヒルデは即答した。


迷いすらない。


懐から小袋を取り出し、受付へ置く。


じゃらり、と重い音が響く。


店主の目がわずかに細まった。


予想外だったのだろう。


「……二階だ」


ぶっきらぼうに鍵を差し出す。


「右端から三つ並びの部屋を使え」


「わかった」


ヒルデは短く答えた。


そのまま踵を返す。


「いくぞ、レイ」


「……あ、はい」


レイは慌てて後を追う。


だが数歩進んだところで足を止めた。


振り返る。


店主は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。


けれどレイは静かに頭を下げた。


「……ご無礼を謝罪します」


「私達は問題を起こすつもりはありません」


「決して、お店にご迷惑を掛けないよう心掛けます」


真っ直ぐな言葉だった。


店主は一瞬だけ目を瞬かせる。


予想していなかったのだろう。


数秒の沈黙が流れた。


やがて。


「……近くに温泉施設がある」


「え?」


レイは思わず顔を上げた。


店主は視線を逸らしたまま続ける。


「俺達はあまり使わねぇ」


「だが、あそこは旅人が来るのを歓迎してる」


ぶっきらぼうな声。


それでも先ほどより明らかに棘が少なかった。


「疲れてるなら行ってみるといい」


レイの顔がぱっと明るくなる。


「本当ですか!」


「ありがとうございます!」


深々と頭を下げる。


その反応に店主は気まずそうに鼻を鳴らした。


「……別に」


照れ隠しだった。


レイは嬉しそうに微笑む。


「皆も喜びます」


そう言い残し、今度こそ階段へ向かう。


軽い足取りで二階へ駆け上がっていく背中を見送りながら。


店主はしばらく黙っていた。


やがて小さく呟く。


「……変な奴らだな」


人間嫌いは今さら変わらない。


だが。


少なくともあの二人は、自分が想像していた連中とは少し違う。


そんな気がしていた。


店主は無意識のうちに口元を緩める。


そして再び受付へ腰を下ろした。


外では相変わらず、ドワーフ達の豪快な笑い声と鉄を打つ音が街中に響いていた。


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