ドワーフの街
最後のトロールが倒れた後。
森には再び静寂が訪れていた。
吹き抜ける風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが耳に届く。
地面には討ち取った魔物達の死骸が転がり、濃い血の匂いが辺りに漂っていた。
レイは剣に付着した血を軽く払い、そのまま鞘へ収める。
「……終わりましたね」
張り詰めていた緊張が少しだけ抜けたような声だった。
だが。
「まだ気を抜かない方がいい」
ユージンは周囲へ視線を巡らせたまま答える。
警戒を維持しながら、森の気配を探っている。
「未開の地域だ。どこから何が出てきても不思議じゃない」
「……だな」
アッシュも剣を肩に担ぎながら頷く。
だが次の瞬間、面倒そうに頭を掻いた。
「こういう時、ミレアがいたら便利なんだけどよ」
その言葉にレオンが苦笑する。
「あいつの探知能力は本当に優秀だからな」
「だろ?」
アッシュは鼻を鳴らした。
「魔物を避けて通るなんてお手のもんだろ」
「言ってもしょうがないですよ」
レイが小さく笑う。
「魔物が出なきゃ出ないで文句言うくせに」
レオンが即座に反論した。
「それは否定できない」
ユージンまで同意する。
思わず全員から苦笑が漏れた。
そんな空気の中。
少し離れた場所に立っていたヒルデが静かに口を開く。
「……そう気負う必要はないみたいだぞ」
「ん?」
レオンが振り返る。
ヒルデは森の奥を見つめていた。
瞳が真っ直ぐ先を捉えている。
「どうした?」
「……あれを見ろ」
彼女が指差した先へ視線を向ける。
レオン達は警戒しながら歩き出した。
木々の間を抜ける。
そして――。
「……っ」
誰かが息を呑んだ。
森が途切れていた。
視界が一気に開ける。
その先に広がっていた光景に、一行は思わず足を止めた。
巨大な山脈。
空へ届きそうなほど高く連なる岩山。
そして、その中央。
山々を真っ二つに切り裂くような巨大な裂け目が走っていた。
まるで神話の巨人が大地へ剣を振り下ろしたかのような光景。
果てが見えないほど巨大な渓谷が、遥か彼方まで続いている。
「……すげぇ」
レオンの口から自然と声が漏れた。
圧倒される。
これほどの地形を見たことがなかった。
そして。
その巨大な裂け目を囲むように、一つの街が広がっていた。
岩肌を削り造られた建造物。
山そのものと一体化したような石造りの家々。
複雑に張り巡らされた鉄骨の通路。
高く伸びる煙突。
そこから吐き出される白煙が夕暮れの空へ溶けていく。
耳を澄ませば――
カン。
カン。
カン。
絶え間なく響く金属音。
鉄を打つ音。
鍛冶師達の槌音。
その重厚な響きが山々へ反響し、街全体を包み込んでいた。
まるで街そのものが巨大な鍛冶場だった。
「これは……」
レイも目を見開く。
「凄いね……」
ユージンも感心したように呟く。
「ここまで大規模だとは思わなかった」
その時だった。
ひょこり、と。
ユージンの背負う鞄から小さな顔が覗く。
ケンジャだった。
いつの間にか眠っていたらしく、大きな欠伸をしている。
「ふぁぁ……」
そして街を見た瞬間。
どこか懐かしそうに目を細めた。
「……やっと着いたか」
「ここが」
ヒルデが街を見下ろす。
「あれがドワーフの街か?」
ケンジャは静かに頷いた。
「あぁ」
そして胸を張る。
「鉱石と鍛冶の国」
「職人気質の頑固者共が集まる場所だな」
少し間を置いて。
「変人も多いぞ」
「最後の情報いらねぇだろ」
即座にアッシュが突っ込む。
「重要だぞ?」
「どこがだよ」
「心構え」
「絶対違うだろ」
再び笑いが起きる。
長い旅路だった。
海を渡り。
王都を経由し。
森を抜け。
ようやく目的地へ辿り着いたのだ。
シンの義足を作るために必要な魔鉱岩。
その手掛かりが、この街にある。
自然と全員の表情も少し柔らかくなっていた。
ふと。
レイが空を見上げる。
西の空は朱色に染まり始めていた。
沈みかけた夕陽が山々を照らし、街全体を黄金色に染め上げている。
「……そろそろ日が暮れそうですね」
静かな声だった。
レオンも頷く。
確かに今から洞窟へ向かうのは無謀だろう。
疲労も蓄積している。
「今日は街で休むか」
「賛成です」
ユージンが答える。
「洞窟探索用の装備も揃えたいですしね」
「食料も補充しねぇとな」
アッシュがうんざりした顔をする。
「もう乾パンは飽きた」
「それだけならまだ良かったんだけどな」
レオンが苦笑した。
「蛆入りは流石に勘弁してほしい」
「同感」
「全面的に同意だ」
レイとユージンも即座に頷く。
ヒルデだけは首を傾げていた。
「飯があるだけまだましだったぞ?」
「そういう問題じゃねぇ!」
アッシュの叫びが山道に響いた。
夕陽に照らされた道を、一行は歩き出す。
カン、カン、と遠くから響く鍛冶の音。
煙突から立ち昇る白煙。
そして巨大な裂け目を抱く鉱石と鍛冶の街。
シンの未来を左右する旅の次なる舞台へ向かって、レオン達はゆっくりと歩みを進めていくのだった。




