トロール
リュクシアの森は静かだった。
どこまでも続く深い緑。
木々の隙間から差し込む陽光が地面にまだら模様を描き、鳥の鳴き声だけが遠くから聞こえてくる。
だが、その静寂は突然破られた。
「ギャアアッ!!」
獣じみた咆哮。
茂みを突き破り、三体のコボルトが飛び出してくる。
犬のような頭部。
粗末な武器。
だが、その目には明確な殺意が宿っていた。
「来るぞ!」
先頭に立つアッシュが叫ぶ。
同時に地面を蹴った。
最前列のコボルトが錆びた剣を振り下ろす。
しかし――。
「甘ぇ!」
アッシュの剣が鋭く閃いた。
金属がぶつかり合う甲高い音。
コボルトの剣は大きく弾かれ、その身体が泳ぐ。
その横から、別のコボルトがレイへ飛びかかった。
棍棒を振り上げる。
だがレイは冷静だった。
身体を僅かに捻りながら剣を振るう。
鋭い一閃。
棍棒が弾き飛ばされる。
体勢を崩したコボルトの隙を見逃さない。
しかし、その瞬間。
三体目が背後からレイへ襲い掛かった。
「――っ!」
振り下ろされる刃。
だが、レイの反応が上回る。
一歩前へ。
流れるような動作で剣を突き出した。
銀の切っ先が真っ直ぐ喉を貫く。
「ギャ――」
断末魔は最後まで続かなかった。
コボルトは力を失い、その場へ崩れ落ちる。
「レイ!」
「えぇ!」
短い呼吸。
それだけで十分だった。
アッシュに弾かれたコボルトへ向け、レオンが飛び出す。
腰を深く捻る。
マナを剣へ流し込みながら、一気に振り抜いた。
鋭い斬撃。
コボルトの身体が横薙ぎに断ち切られる。
血飛沫が舞った。
残る一体は状況の悪さを理解したのか、慌てて距離を取ろうとする。
だが――。
「遅い」
冷たい声。
後方に立つヒルデだった。
彼女の右腕が音を立てて変形する。
骨のような白い装甲。
黒鉄の機構。
それらが組み合わさり、一瞬で巨大な砲身へと姿を変えた。
次の瞬間。
轟音が森を揺らした。
放たれた魔弾が一直線に飛翔する。
コボルトの上半身が爆ぜた。
肉片と血が周囲の木々へ飛び散る。
静寂。
「……片付いたな」
レオンが息を吐く。
だが、その直後だった。
「まだだ!」
ユージンの鋭い声が響く。
離れたとこに立つ魔物を見て彼の表情が険しくなる。
「大型反応二体! トロール!」
直後。
ドォン――ドォン――と重い振動が地面を伝った。
木々の奥から巨大な影が現れる。
トロール。
二体。
人の倍以上はある巨体が、木々を押し退けるように姿を見せた。
「チッ、次か!」
アッシュが剣を構える。
ヒルデは既に砲身を向けていた。
照準固定。
発射。
轟音と共に魔弾が飛ぶ。
直撃。
一体のトロールの胸部が大きく抉れた。
「グォォォッ!?」
巨体がよろめき、そのまま地面へ倒れ込む。
しかし。
「まだ生きてます!」
ユージンが叫ぶ。
確かに倒れたトロールは呻きながら身体を起こそうとしていた。
一方で、もう一体は怒り狂ったように咆哮を上げる。
「グルォォォォ!!」
「こっちは任せろ!」
アッシュが駆け出した。
レイも同時に動く。
左右から挟み込むように展開。
トロールが巨大な腕を振り上げた。
丸太のような腕。
直撃すればただでは済まない。
だが――。
「遅ぇ!」
アッシュの剣が閃く。
右脚切断。
巨体が大きく傾いた。
「はぁっ!」
続けてレイが飛び込む。
鋭い一撃。
左脚も断ち切られた。
支えを失った巨体が地響きを立てて倒れ込む。
その瞬間だった。
ヒルデが前へ出る。
両腕を重ねる。
変形。
腕全体が巨大な断頭刃へと組み替わっていく。
「終わりだ!」
振り下ろされた刃が首へ食い込む。
鈍い音。
トロールの首が宙を舞った。
鮮血が噴き出し、巨体は完全に沈黙する。
残るは一体。
先ほど魔弾を受けたトロールだった。
胸部を抉られながらも立ち上がる。
異常な生命力。
「グルルルルルッ!!」
怒りに満ちた咆哮が森を震わせる。
しかし。
その正面には既に一人の青年が立っていた。
レオン。
静かに剣を構える。
呼吸を整える。
体内を巡るマナが刀身へ流れ込んでいく。
淡い光。
剣が静かに輝いた。
ユージンが僅かに目を細める。
ケンジャも鞄の中から顔を出していた。
「ほう……」
トロールが拳を振り上げる。
巨体が突進する。
地面が揺れる。
だがレオンは動じない。
一歩。
静かに踏み込む。
そして。
剣を振り下ろした。
瞬間。
閃光が走る。
それはあまりにも速く、誰も剣筋を見切れなかった。
次の瞬間。
トロールの動きが止まる。
沈黙。
そして巨体の中央に一本の線が走った。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
身体が左右へ開いていく。
――ズゥン。
巨体が真っ二つになって崩れ落ちた。
一刀両断。
レオンは静かに剣を下ろす。
周囲に漂っていた緊張がようやく解けた。
森に再び静寂が戻る。
吹き抜ける風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが響いていた。
「……終わったか」
アッシュが肩の力を抜く。
「思ったより数が多かったね」
ユージンも安堵したように息を吐く。
レイは周囲を警戒しながら頷いた。
「この辺りの魔物の活動が活発になっているのかもしれないわね」
ヒルデは付着した血を払いながら淡々と言う。
「先へ進もう。目的は魔鉱岩だ」
レオンの言葉に全員が頷く。
シンのために必要な義足。
その核となる素材を手に入れるための旅は、まだ始まったばかりだった。




