森での遭遇
森の奥へ進むにつれ、木々はさらに密度を増していった。
空高く伸びる巨木の枝葉が天蓋のように広がり、差し込む陽光はわずかだ。
その僅かな光が地面へ降り注ぎ、湿った土の上にまだら模様を描いている。
風が吹けば葉が揺れ、ざわざわと森全体が囁くような音を立てる。
どこか遠くでは鳥の鳴き声が響いていた。
リュクシアの森。
人の手がほとんど入っていない原生林。
その獣道を、レオン達は慎重に進んでいた。
「ドワーフ、ですか……」
先頭近くを歩いていたレイがぽつりと呟く。
「私は実際に会ったことがありません」
振り返りながら仲間達を見る。
「皆さんはありますか?」
「僕もないな」
ユージンが苦笑した。
「昔、本で読んだことがあるくらいだよ」
「確か鍛冶や鉱石加工が得意で、職人気質な種族だったかな」
「あと酒好きだな」
即座にアッシュが付け加えた。
ユージンが思わず吹き出す。
「そこだけ妙に覚えてるね」
「重要情報だろ」
アッシュは真顔だった。
「職人相手に酒は武器になる」
「どんな理屈だよ……」
「ウェルフ達も言ってただろ」
「確かに」
ユージンは苦笑を深めた。
そんな二人のやり取りを聞きながら、レイは最後尾近くを歩くレオンへ視線を向ける。
「レオンはどうですか?」
「……」
レオンは少し考えるように瞬きをした。
そして。
隣を歩くアッシュへ視線を向ける。
さらに――
すっ。
両手を広げた。
何とも分かりやすい無言の意思表示だった。
知らない。
全く知らない。
その一言が完璧に伝わってくる。
一瞬の沈黙。
そして。
「……ふふっ」
レイが笑った。
「会ってからのお楽しみですね」
「そりゃそうだろ」
アッシュが呆れたように肩を竦める。
「ここに来てから知らないことだらけだしな」
その様子にヒルデも小さく息を漏らした。
周辺を警戒しつつも四人の会話を聴いていた
「そもそもドワーフに限らず、亜人種そのものが人間圏では珍しい」
ヒルデが淡々と口を開く。
「ゼルガリアやリュクシア以外で見かけることは少ないからな」
「まぁそうだな」
アッシュが頷いた。
「普通に生きてりゃ会う機会なんてねぇか」
「本でしか知らない種族も多いですね」
ユージンも同意する。
人間の国で育った彼らにとって、亜人とは決して身近な存在ではない。
リュクシアへ来てから見た獣人や鳥人達でさえ、どこか新鮮だった。
ましてやドワーフともなれば尚更である。
自然と会話が弾む。
だが。
その一方で。
森は妙なほど静かだった。
風の音。
葉擦れの音。
遠くの鳥の声。
それ以外がない。
魔物が多く生息する森とは思えないほどに。
その異変に最初に気付いたのはユージンだった。
歩きながら周囲へ向けていた意識が、不意に一点へ集中する。
足が止まる。
表情が変わった。
「――皆、止まって」
低く鋭い声。
瞬間。
全員の動きが止まった。
空気が張り詰める。
レオンの手が自然と剣の柄へ伸びる。
アッシュも腰の剣へ手を掛けた。
「どうした?」
レイの問いに答えず、ユージンは森の奥を見据える。
鋭く。
獲物を捉えた猛禽のような目で。
「……来る」
その言葉と同時だった。
――ガサァッ!!
茂みが大きく揺れた。
何かが突っ込んでくる。
複数。
次の瞬間。
低いうなり声と共に飛び出してきたのは、犬の頭を持つ魔物だった。
「グルルルル……!」
「コボルトか」
アッシュが鼻を鳴らす。
三体。
人間ほどの大きさ。
錆びた剣や棍棒を握りしめ、濁った瞳でこちらを睨みつけている。
だが――。
ユージンの警戒はまだ解けていなかった。
「違う……!」
その声に全員が反応する。
直後。
森の奥から重い振動が響いた。
ドン。
ドン。
ドン。
まるで巨大な岩が歩いているかのような足音。
木々が揺れる。
鳥達が一斉に飛び立つ。
そして。
森の暗がりを押し退けるように現れた。
巨大な影が。
「……チッ」
アッシュが舌打ちする。
「トロールかよ」
現れたのは二体。
人の倍以上はある巨体。
灰色の皮膚。
丸太のような腕。
鈍く濁った瞳。
足を踏み出す度に地面が震え、周囲の草木が揺れる。
明らかにコボルトとは格が違う。
「数が多いな……」
レオンが静かに呟く。
コボルト三体。
トロール二体。
森にしては不自然な組み合わせだった。
まるで群れを作っているかのように。
「警戒してください」
レイが剣を抜く。
銀色の刃が木漏れ日に煌めいた。
ヒルデも無言で前へ出る。
指先へ魔力が集まり始める。
ユージンは後方へ下がりながら魔法の準備を整える。
アッシュは大剣を肩へ担ぎ、獰猛に笑った。
「ちょうどいい」
「森に入ってから身体が鈍ってたところだ」
コボルト達が牙を剥く。
トロールが咆哮を上げる。
空気が震える。
戦場特有の緊張が一瞬で広がった。
レオンは剣を抜く。
黒い刀身が静かに姿を現す。
そして仲間達も同時に構えを取った。
森の静寂は終わった。
次の瞬間――戦いの火蓋が切って落とされる。




