港町
船着場から少し離れた通りを、レオン達は歩いていた。
潮風の匂いはまだ残っているが、港の喧騒はすでに遠い。
しかし、その姿は出航した時とは大きく違っていた。
全員が深くフードを被り、顔が見えないよう外套で身を包んでいる。
そしてその周囲を囲むように歩くのは、ウェルフをはじめとした亜人達だった。
傍から見れば護衛。
いや、実際に護衛そのものだった。
道行く者達の視線がちらちらとこちらへ向く。
好奇心だけではない。
警戒や不信を含んだ目も少なくなかった。
そんな中、前方を歩いていた狼人の男が振り返りもせず低く呟く。
「……こっちじゃ、人間を嫌う奴も多い」
その声には冗談めいた響きはない。
「絶対にバレんじゃねぇぞ」
「あぁ」
レオンは短く返し、無意識にフードを深く引き下げた。
街並みに目を向ける。
石造りの建物が立ち並ぶ景色は他国と似ている。
だが細部が違った。
柱には巨大な獣の骨が組み込まれ、屋根や壁には木材を活かした独特の装飾が施されている。
異国情緒という言葉では片付けられない。
この国だけが持つ文化が、街の至る所に息づいていた。
耳に届く言葉も様々だ。
鋭い耳を持つ狼人。
しなやかな尻尾を揺らす猫人。
長い耳が特徴の兎人。
鱗に覆われた蜥蜴人。
多種多様な亜人達が当たり前のように肩を並べ、同じ街を行き交っている。
そんな光景を眺めていた時だった。
「……レオン、あれ」
隣を歩くユージンが小さく声を上げた。
レオンは視線を向ける。
そして思わず足を止めた。
「……っ」
目の前を、小さな生き物がのんびりと歩いていた。
子供ほどの大きさ。
ふわふわとした白い毛並み。
宝石のように輝く赤い瞳。
見間違えるはずがない。
「カーバンクル……?」
レイが驚いたように呟く。
魔物だ。
どう見ても魔物だった。
だが周囲の住民達は誰一人として気に留めていない。
まるで野良猫が道を歩いているのを見るような反応だった。
そんなレオン達の様子を見て、ウェルフが愉快そうに笑う。
「だから言っただろ?」
肩をすくめながらカーバンクルへ顎を向けた。
「こっちじゃこれが普通なんだよ」
「普通って……」
アッシュが呆れたように言う。
「俺達はあいつらのことを“精霊”って呼んでる」
ウェルフは続けた。
「もちろん全部が大人しいわけじゃねぇ。襲ってくる奴もいるがな」
「精霊……」
ユージンが興味深そうに呟く。
レオン達は自然と足を止め、その小さな存在を見つめた。
すると。
カーバンクルもまたこちらに気付いたらしい。
赤い瞳がじっと向けられる。
小さく首を傾げる仕草は愛らしく、危険な魔物だという事実を忘れさせるほどだった。
「……」
レイの表情がわずかに緩む。
その胸中には、ただ一つの感想しかなかった。
――可愛い。
恐る恐る手を伸ばす。
指先が毛並みに届きそうになった、その瞬間。
ぴくり、と。
カーバンクルが素早く一歩後ろへ下がった。
さらに白い毛を逆立て、小さく唸る。
「……っ」
レイの手が空中で止まった。
完全に警戒されていた。
その時だった。
ひょこり、と。
ユージンの背負う鞄の中から、小さな顔が覗く。
ケンジャである。
眠たげな目をカーバンクルへ向けながら、当然のように口を開いた。
「気安く触るな、だそうだ」
「……わかるの?」
ユージンが目を丸くする。
ケンジャは呆れたように鼻を鳴らした。
「私を何だと思っている」
「いや、普通に魔物……」
「失礼だな」
即答だった。
あまりにも迷いのない返しに、一瞬沈黙が流れる。
「……」
そのやり取りの傍らで、レイはしょんぼりと肩を落としていた。
そして申し訳なさそうにカーバンクルへ向き直る。
「ご……ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。
するとカーバンクルは数秒間じっと彼女を見つめた。
やがて、
「キュウ」
小さく鳴きながら鼻を鳴らす。
どこか偉そうなその仕草は、まるで――。
仕方ないから許してやる。
そう言っているようだった。
「ぷっ……」
アッシュが吹き出した。
「ははっ! 完全に怒られてんじゃねぇか!」
「うぅ……」
レイは耳まで赤く染める。
その様子に、周囲からも小さな笑いが漏れた。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
だが、その光景を見つめながら。
レオンは改めて実感していた。
人間。
亜人。
そして魔物。
本来なら相容れないはずの存在達が、同じ街で暮らしている。
互いを恐れながらも、同じ空の下で生きている。
そんな光景は、これまで旅してきたどの国にもなかった。
ここは違う。
自分達の知る常識とは、根本から。
リュクシアという国は、想像以上に異質な場所だった。




