三銃士
重厚な石造りの廊下に、規則正しい足音が静かに響く。
ルミナリア王城――王国の中枢。
高く連なる白亜の柱。
壁には歴代国王たちの肖像画が並び、長い年月を経た王国の歴史を物語っていた。
磨き上げられた床には天窓から差し込む陽光が帯となって伸び、その上を一人の男が迷いなく歩いていく。
ディルクだった。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、無駄のない足取りで進むその姿は、軍人というよりも学者に近い。
だが、その瞳の奥には幾多の戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ鋭さが宿っていた。
「おぅ、久しぶりだな」
背後から聞き慣れた声が飛ぶ。
ディルクは足を止め、ゆっくりと振り返った。
そこには片手を上げながら歩いてくる大柄な男の姿。
「……ファルガか」
「なんだその反応は。もっと嬉しそうな顔しろよ」
「する理由がない」
即答だった。
だがファルガは気にした様子もなく笑う。
「相変わらず愛想ねぇな」
ディルクは小さく息を吐いた。
「ゼルガリアの件……大変だったらしいな」
その言葉に、ディルクの表情がわずかに曇る。
「まさか討伐済みの魔装兵器が再起動するとは思わなかった」
低く呟く。
脳裏には、あの戦いの光景が蘇っていた。
「やはり魔装兵器獣と生態系の変化には何らかの因果関係がある……」
考え込むように視線を落とす。
それは戦士の顔ではない。
未知を追い求める研究者の顔だった。
しかし次の瞬間。
ディルクはゆっくりと顔を上げる。
「……それよりも」
「ん?」
ファルガが首を傾げる。
その瞬間。
「ウチの生徒を勝手に連れ回すのはやめてもらいたいものだな」
空気が一瞬で冷えた。
ファルガの笑顔が引きつる。
「うっ」
「依頼書で貴様の名前を見た時は本気で殺意が湧いたぞ」
「いやいや待て待て」
慌てて両手を上げるファルガ。
「ちゃんと護衛してただろ?」
「問題はそこではない」
「可愛い子には旅をさせろって言うじゃねぇか」
「親バカな貴様にだけは言われたくない」
「……」
反論できなかった。
ファルガが珍しく言葉に詰まる。
短い沈黙。
そしてディルクがふと口を開いた。
「……息子の様子はどうなんだ」
先ほどまでとは違う声音だった。
少しだけ柔らかい。
ファルガもそれを感じ取ったのか、小さく笑う。
「あぁ」
頭を掻きながら答える。
「まだ武技の扱いに苦戦してるな」
「だが、まぁ……あいつなりによく頑張ってる」
シンの姿を思い浮かべる。
不器用ながらも前を向き続ける息子の姿を。
ディルクは静かに頷いた。
「……そうか」
それだけだった。
だが、どこか安心したようにも見えた。
そんな二人の会話を遮るように。
「あいかわらず仲が良いわね、あなたたち」
澄んだ女性の声が廊下に響いた。
二人が同時に振り返る。
「誰がだ!」
見事なまでの即答だった。
そこに立っていたのは、一人の女性。
長い髪を揺らしながら優雅な足取りで近づいてくる。
「……貴様も呼ばれていたか、カリファ」
「えぇ」
カリファは柔らかな笑みを浮かべる。
「こうして三人揃うのは久しぶりね」
「最後はいつだったかしら」
「さぁな」
ファルガが肩を竦める。
だが、その表情は次第に真剣なものへと変わっていく。
「ただ――」
言葉を切る。
「俺たち三人が同時に呼ばれるってことは」
ディルクが続きを口にした。
「戦争の匂いがするな」
空気が静かに重くなる。
ルミナリア王国。
その中でも最高戦力として知られる三人。
彼らが一堂に会する時。
それは決まって国を揺るがす事態が起きる時だった。
「今回はシークナスとエルナディアとの合同作戦でしょう?」
カリファが冷静に言う。
「そこまでの戦力が必要とは思えないのだけれど」
「どうだろうな」
ファルガが腕を組む。
そして何気なく呟いた。
「白騎士あたりが出てきたりしてな」
その名に、二人の視線が僅かに動く。
だがディルクは鼻を鳴らした。
「王に会えば分かることだ」
三人は歩みを再開する。
やがて辿り着いたのは巨大な両開きの扉。
王の間へと続く重厚な門だった。
左右には完全武装の近衛兵が立ち並んでいる。
「ディルク様、ファルガ様、カリファ様」
兵士が深々と頭を下げる。
「陛下がお待ちです」
静かに扉が開かれる。
重い音が王城内に響き渡った。
その瞬間――
広間にいた兵士たちが一斉に声を張り上げる。
「――ルミナリア三銃士、御三方のご到着!!」
轟く号令。
赤い絨毯が玉座へと真っ直ぐ伸びる。
左右には騎士団長や高官たちが並び、張り詰めた空気を漂わせていた。
その先。
高き玉座に腰掛ける王。
王国最高権力者。
三人は無言のまま前へ進む。
一歩。
また一歩。
踏み出す度に空気が変わる。
戦士としてではない。
王国の切り札として。
そして――国家の意思を背負う者として。
やがて三人は玉座の前で足を止めた。
これから語られる言葉一つで。
国の未来が動く。
静寂が広間を支配する中、王がゆっくりと口を開こうとしていた。




