食卓
甲板の上に、陽気な声が響いた。
「ウェルフー! 飯の準備ができたぞー!」
潮風に乗って飛んできた声に、荷物の確認をしていたウェルフが振り返る。
「おう、そうか!」
豪快に返事をすると、レオン達へ視線を向けた。
「お前らもまだだろ? 食いに行こうぜ」
そう言って先導するように歩き出す。
レオン達は顔を見合わせ、小さく頷き合うとその後を追った。
船内へ続く階段を降りる。
木造船特有の軋む音。
揺れるランタンの灯り。
そして――。
食堂へ足を踏み入れた瞬間、香ばしい匂いが一行を包み込んだ。
「……おぉ」
思わずアッシュが感嘆の声を漏らす。
そこには長い木製のテーブルが据えられていた。
そして、その上を埋め尽くすように並ぶ料理の数々。
こんがりと焼き上げられた肉料理。
湯気を立てるスープ。
色鮮やかな野菜の煮込み。
焼きたてのパン。
さらに果物まで山のように積まれている。
どう見ても、ただの船旅の食事ではない。
まるで祝いの宴だった。
「……こんなに使って大丈夫なんですか?」
ユージンが冷静に尋ねる。
その言葉に、奥で腕を組んでいた大柄な男が苦笑した。
日に焼けた肌。
太い腕。
いかにも船の料理長といった風貌だ。
「いや、それがなぁ」
男は頭を掻きながらテーブルを見渡した。
「セリス嬢が好意で積んでくれたのはありがたいんだが……」
困ったように肩を竦める。
「保存が効きそうにねぇ食材が多くてな」
果物を指差し、次に野菜へ視線を移す。
「肉は塩漬けにすりゃ多少は持つが、野菜や果物はそうもいかねぇ」
「悪くなる前に食っちまおうって話だ」
「なるほど」
ユージンは納得したように頷いた。
するとウェルフが横から口を挟む。
「まぁ心配すんな」
肉料理を指差しながら笑う。
「航海用の食料は別にちゃんと積んである」
「これはあれだな」
肩を竦める。
「セリス王の好意に甘えるってやつだ」
その言葉にレオンは静かに頷いた。
「……ありがたく頂こう」
椅子を引いて腰を下ろす。
それを合図にするように全員が席についた。
食事が始まる。
そして――。
「うまっ!」
最初に声を上げたのはアッシュだった。
肉にかぶりついたまま目を輝かせる。
「なんだこれ!?」
「めちゃくちゃ柔らかいぞ!」
勢いよく肉を頬張る姿に、レイが苦笑した。
「アッシュ、もう少し落ち着いて食べてください」
そう言いながら自身もパンを口へ運ぶ。
そして目を丸くした。
「……本当に美味しいですね」
「焼き加減も絶妙ですし、香りもすごくいい……」
「だろ?」
料理長がどこか誇らしげに胸を張る。
隣ではヒルデがスープを一口飲み、静かに目を細めていた。
「ただ焼いただけじゃないな」
「下処理が丁寧だ」
「香草の使い方も上手い」
その評価に料理長の顔がさらに綻ぶ。
「お、分かるか嬢ちゃん」
「船の上でもできる限り手は抜かねぇ主義なんだ」
「大したものだ」
ヒルデは素直に感心していた。
レイも何度も頷いている。
戦い続きだった旅路の中で、こうして落ち着いて食事を楽しめる時間は貴重だった。
そんな中――。
レオンだけがふと手を止める。
「……?」
その変化に気付いたユージンが首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや……」
レオンは少しだけ視線を落とした。
手元の皿を見る。
温かい料理。
笑い声の響く食堂。
仲間達の穏やかな表情。
その光景が妙に現実味を欠いて見えた。
「こうして普通に飯食ってるのが、不思議だなって」
ぽつりと漏らす。
「一昨日まで死にかけてたのに」
苦笑する。
「今日はこんなに美味しいご飯を食べてる」
「落差がすごいな」
ユージンも静かに頷いた。
あの激戦を思い返す。
誰か一人欠けてもおかしくなかった。
だからこそ。
ユージンはフォークを置き、穏やかな声で言った。
「だからこそだと思う」
「こういう時間を軽く見るべきじゃない」
レオンが視線を向ける。
ユージンは少し笑った。
「次がいつ来るか分からないからね」
その言葉に、自然と空気が静まる。
誰もが理解していた。
旅はまだ終わっていない。
これから向かう先には、また新たな戦いが待っているだろう。
だからこそ、この平穏は尊い。
束の間だからこそ価値がある。
しかし――。
「にしてもよぉ」
重くなりかけた空気を破ったのはウェルフだった。
肉を豪快に頬張りながら笑う。
「お前ら、本当に変わってるな」
「そうか?」
レオンが首を傾げる。
「あぁ」
ウェルフは頷いた。
「ゼルガリアでも亜人とここまで仲良くする奴なんて滅多にいねぇ」
「大抵は距離を置くか、そもそも関わろうとしねぇからな」
レオンは少し考えた後、肩を竦めた。
「そういうもんか?」
本気で不思議そうな顔だった。
それを見てウェルフは吹き出す。
「だから変わってるって言ってんだよ」
するとアッシュが口元を拭いながら口を開いた。
「まぁ、それを言うならレオン達は元々ズレてるしな」
「魔導士と剣士の関係もそうだろ?」
「普通ならもっとギスギスしてる」
レオンが嫌そうな顔をする。
「今さらだろ……」
「嫌な奴ばっかじゃねぇってことだよ」
アッシュが笑う。
その言葉にウェルフも大きく頷いた。
「違いねぇな」
そう言って豪快に笑った時だった。
「……あ」
小さな声が聞こえた。
全員の視線がそちらへ向く。
テーブルの端。
そこには――。
果物の山を真剣な眼差しで見つめるケンジャの姿があった。
「……」
「……おい」
嫌な予感しかしない。
レオンが声を掛ける。
だが遅かった。
ひょい。
小さな手が果物を掴む。
そのまま口へ放り込む。
「……」
「……」
「……」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間。
「はははははっ!!」
ウェルフが腹を抱えて笑い出した。
「いい食いっぷりじゃねぇか!」
「いや止めろって!」
レオンが慌てて手を伸ばす。
しかしケンジャは既に頬を膨らませていた。
満足げな顔で果物を咀嚼している。
「……まぁ、いいんじゃない?」
ユージンが苦笑する。
「どうせ腐らせるくらいなら食べた方がいいし」
「いや、そういう問題か?」
レオンは頭を抱えた。
ケンジャはどこ吹く風で次の果物に手を伸ばしている。
その様子に食堂中から笑いが漏れた。
船は波を切りながら静かに進んでいく。
揺れるランタンの灯り。
賑やかな食卓。
交わされる笑い声。
戦いの後に訪れた束の間の平穏。
今はまだ、それでいい。
リュクシアには何が待っているのか。
なぜ魔族が動き始めたのか。
世界の裏側にはどんな真実が隠されているのか。
答えはまだ見えない。
だからこそ――。
彼らは今、この時間を大切に味わう。
仲間達と共に囲む温かな食卓を。
失われるかもしれないからではない。
再び手に入れるために戦う価値があると知っているから。
船は潮風を受けながら進む。
新たな冒険の舞台――リュクシアへ向けて。




