表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/169

出航

翌朝――。

空はまだ淡く白み始めたばかりだった。

宿の一室には静かな時間が流れている。

聞こえるのは荷物をまとめる音と、時折鳴る金具の擦れる音だけ。

レオンは無言のまま、自身の装備を確認していた。

腰の鞘から一本の剣を抜く。

銀色の刀身が朝の光を受けて鈍く輝いた。

ラヴィーナの形見。

最後に託された剣。

手に取ると、不思議なほど馴染む感覚がある。

まるで最初から自分のためにあったかのように。

「……」

何も言わず、ゆっくりと鞘へ収める。

その横ではユージンが荷物の最終確認を行っていた。

薬品。

包帯。

回復用の魔道具。

戦場で仲間の命を繋ぐための道具を、一つ一つ丁寧に確認していく。

ヒルデは肩を回しながら身体の調子を確かめ、アッシュは既に出発が待ちきれない様子で壁にもたれかかっていた。

レイだけは窓辺に立ち、外の景色を見つめている。

視線の先にあるのはゼルガリアの街。

傷だらけの街並みだった。

崩れた建物。

運ばれる資材。

忙しく行き交う人々。

だが、その光景に絶望の色はない。

人々は前を向いていた。

失ったものを嘆くのではなく、取り戻すために動いている。

レイは小さく微笑みながら呟いた。

「……いよいよですね」

その言葉に誰も返事はしなかった。

だが否定する者もいない。

ここでの戦いは終わった。

そして次の旅が始まる。

誰もが同じことを考えていた。

その時。

ユージンの鞄がもぞりと動いた。

「……いるか?」

問いかけると、間髪入れずに返事が返ってくる。

「いる」

当然のような声だった。

「置いていかれる気はない」

鞄の中から聞こえるケンジャの言葉に、ユージンは呆れたようにため息をついた。

「はいはい……」

そのやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。

ヒルデが肩を竦める。

アッシュが笑う。

レイも小さく口元を緩めた。

そして――

レオンが立ち上がる。

「行くか」

その一言で全員が動き出した。

迷いはなかった。

港へ向かう道中。

朝の冷たい風が頬を撫でる。

街では既に復興作業が始まっていた。

瓦礫を運ぶ者。

建材を運搬する者。

負傷者の手当てを行う者。

昨日まで戦場だった場所とは思えないほど、人々は忙しく動き回っている。

誰も立ち止まらない。

誰も諦めていない。

その姿を見ながら、レオンは静かに歩き続けた。

やがて港へ辿り着く。

海から吹く潮風が強くなる。

そこには一隻の船が停泊していた。

これから彼らをリュクシアへ運ぶ船だ。

甲板ではウェルフ達が慌ただしく動いている。

「おい! そっちはもっと詰めろ!」

「縄が緩んでるぞ! ちゃんと固定しろ!」

怒鳴り声が飛び交う。

食料。

飲み水。

予備の帆や資材。

長い航海に必要な荷物が次々と積み込まれていた。

その光景を見ていたレオン達に気付くと、ウェルフが大きく手を振った。

「おう! いいところに来たな!」

豪快な笑みを浮かべながら近付いてくる。

「準備は万端だ」

その言葉には絶対の自信があった。

レオンも短く頷く。

「あぁ」

余計な言葉は必要ない。

互いにやるべきことは分かっている。

そして――

出立の時が訪れた。

港にはいつの間にか大勢の人々が集まっていた。

復興作業に携わる住民達。

ゼルガリアの兵士達。

そして亜人達。

その中央に立っていたのはセリスだった。

整った服装のまま、真っ直ぐレオン達を見つめている。

「本来ならば、もっと正式な形で皆様を送り出すべきなのでしょう」

静かに口を開く。

しかし、その視線は周囲へ向けられた。

崩れた建物。

復興を急ぐ人々。

今のゼルガリアには式典を開く余裕などない。

「ですが……」

再びレオン達を見る。

その瞳には揺るぎない感謝が宿っていた。

「あなた方がこの国を救ってくださった事実は何一つ変わりません」

一歩前へ出る。

そして深く頭を下げた。

「ゼルガリアを代表して、心より感謝を」

その瞬間だった。

セリスに続くように兵士達も一斉に頭を下げる。

ざわめきが広がる。

そして次の瞬間――。

「ありがとう!!」

「助かった!!」

「また来てくれよ!!」

人々の声が次々と飛び交った。

感謝の言葉。

別れを惜しむ言葉。

応援する声。

その全てが港に響き渡る。

その中で、一際大きく手を振る姿があった。

ロップだった。

人混みをかき分けるように前へ出ながら叫ぶ。

「レオンさん!!」

まっすぐな瞳。

まっすぐな声。

「絶対に帰ってきてくださいね!!」

レオンは彼女を見つめた。

しばしの沈黙。

何かを考えるように目を細める。

そして――

「あぁ」

静かに頷いた。

たったそれだけ。

だがロップには十分だった。

ぱっと表情を明るくし、大きく頷き返す。

その後ろでは亜人達も見守っている。

かつて虐げられていた者達。

今は胸を張り、未来を見据えている者達。

その中心でウェルフが豪快に笑った。

「安心しろ!」

親指を立てる。

「ちゃんと全員連れて帰ってやるよ!」

その言葉に周囲から笑いが起きた。

別れの寂しさを吹き飛ばすような笑いだった。

やがて。

「出るぞォ!!」

ウェルフの声が響く。

縄が解かれる。

帆が風を受けて大きく膨らむ。

船体がゆっくりと動き始めた。

岸が離れていく。

歓声が上がる。

無数の手が振られる。

叫び声が海風に乗って届く。

その全てが背中を押してくれるようだった。

レオンは振り返らない。

ただ前を見つめる。

進むべき先を。

その横でレイが感嘆したように呟いた。

「……すごいですね」

ユージンが優しく微笑む。

「うん」

そして港を見つめながら続けた。

「全部、繋がってるんだ」

出会い。

別れ。

戦い。

救われた命。

守れた未来。

その全てが今の自分達へ繋がっている。

ヒルデが腕を組む。

「借りばっか増えていくな」

苦笑混じりの言葉。

アッシュは楽しそうに笑った。

「その分、返しに来りゃいいだろ」

誰も否定しない。

レオンは静かに腰の剣へ触れた。

ラヴィーナ。

ロップ。

ウェルフ。

セリス。

そして仲間達。

失ったものもある。

だが、それ以上に得たものがあった。

人との繋がり。

託された想い。

守るべき未来。

それらが今、確かな力になっている。

レオンは海の彼方を見据えた。

遥か先にある次なる目的地。

リュクシア。

まだ見ぬ真実が待つ場所。

「……行くぞ」

静かな声だった。

だが仲間達は力強く頷く。

船は風を受け、さらに速度を上げた。

ゼルガリアの港が少しずつ遠ざかっていく。

歓声は波音に溶け。

やがて聞こえなくなる。

それでも――。

託された想いだけは消えない。

胸の中に確かに残り続ける。

新たな地へ。

新たな戦いへ。

そして、まだ見ぬ真実へ。

レオン達の旅は今、再び動き出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ