見送り
港へ向かう道中――。
ゼルガリアの街は、戦いの傷跡を残しながらも確かに前へ進み始めていた。
崩れた建物の瓦礫が運び出され、仮設の支柱が組み上げられていく。荷車を押す者、資材を運ぶ者、怪我人の手当てをする者。誰もが忙しなく動き回り、街の再生に力を尽くしていた。
そんな喧騒の中、一際よく通る声が響く。
「そっちは支柱を優先しろ! その壁はまだ不安定だ! 先に補強しろ!」
力強く、それでいて無駄のない指示。
自然とレオン達は足を止めた。
視線の先では、多くの人々が慌ただしく動いている。その中心に立つ男の姿を見つけた瞬間、誰もが納得した。
「……教官」
レオンが呟く。
そこにいたのはディルクだった。
周囲にはルナミリアの生徒達の姿もある。彼らは次々と飛ぶ指示を受けながら、復興作業に汗を流していた。
剣を振るう戦場ではない。
だが、そこに立つディルクの姿は紛れもなく指揮官そのものだった。
戦場で兵を率いる時と何一つ変わらない。
責任を背負い、仲間達を導く背中。
レオンは人混みを抜け、一歩前へ出た。
「教官」
呼びかけると、ディルクが振り返る。
鋭い眼光が一瞬でレオン達全員を捉えた。
そしてその視線は、まるで怪我の有無を確認するかのように一人ひとりを見渡していく。
「……レオンか」
低い声。
そのまま全員を確認し終えると、小さく頷いた。
「どうやら動ける程度には回復したようだな」
「あぁ」
レオンも短く返す。
その横からユージンが一歩前へ出た。
「少し報告を」
「手短にな」
ディルクが言う。
ユージンは頷き、要点だけを伝えた。
「出航の準備が整った。明日の早朝にはゼルガリアを発つ予定だよ」
その言葉に、ディルクはわずかに目を細めた。
「……そうか」
短い返答。
だが、その声音には様々な感情が滲んでいた。
しばしの沈黙。
やがてディルクは小さく息を吐く。
「無茶はするな――と言いたいところだが」
そこで苦笑にも似た表情を浮かべた。
「お前達にそれを言っても意味はないか」
これまでの旅路を考えれば、今さらだった。
危険を避けて進めるような道ではなかったのだから。
ディルクはそんな彼らを見つめる。
そして、少しだけ声の調子を和らげた。
「だが――」
その言葉に全員が耳を傾ける。
「せめて無事に帰って来い」
命令ではない。
教師としてでもない。
それは、生徒達を送り出す一人の大人としての願いだった。
レオンは静かに頷く。
「……あぁ」
短い返事。
それだけで十分だった。
ディルクもまた小さく頷き返した。
「こちらも今日中には撤収する」
「もう帰るの?」
ユージンが意外そうに尋ねる。
「あぁ」
ディルクは周囲を見渡した。
復興作業に励む人々。
積み上げられた資材。
瓦礫の山。
「ルナミリアから帰還命令が出た。初動支援は完了したからな」
淡々とした説明だった。
だが、それは国同士の判断でもある。
支援にも限界はある。
戦う者には戦う者の役目があり、街を立て直す者には立て直す者の役目がある。
「今後は専門の復興部隊や補給班が入る予定だ」
遠くで大工達らしき集団が資材を運んでいるのが見えた。
「復興は専門家に任せるべきだろう」
レオン達もその光景を見つめる。
確かにその通りだった。
剣では家は建たない。
魔法だけでは街は戻らない。
誰かが戦い、誰かが支える。
そうして世界は成り立っている。
ディルクは再び彼らへ向き直った。
「お前達はお前達の役目を果たせ」
迷いのない言葉だった。
そこには揺るぎない信頼がある。
「……はい」
ユージンが静かに答える。
短い沈黙が流れる。
だが、それ以上の言葉は必要なかった。
レオンは踵を返す。
「じゃあ、行ってくる」
「あぁ」
ディルクはそれだけ答えた。
引き留めることもない。
余計な激励もない。
ただ静かに送り出す。
それが彼らしい別れ方だった。
そして次の瞬間には、もう現場へ視線を戻している。
「次の班はこっちだ! 資材を運べ! 急げ!」
再び飛ぶ指示。
周囲の生徒達が慌ただしく動き出す。
その背中は、すでに見送りを終えた人間のものではなかった。
責任者として現場に立つ男の背中。
レオン達はその姿を最後に、その場を後にした。
しばらく歩いたところで、ユージンがぽつりと呟く。
「……ちゃんと送り出してくれたね」
レオンは前を向いたまま答える。
「あぁ」
それだけだった。
だが、その短い言葉の中に全てが詰まっていた。
厳しく、時に理不尽なほど鍛えられた日々。
命を預けて戦った時間。
そして築かれた信頼。
前方には港が見え始めている。
その先には、新たな旅路が待っていた。
レオンは小さく息を吐く。
「行くか」
「あぁ」
仲間達が頷く。
彼らは歩みを止めない。
次なる目的地へ向けて――。
再び前へと進み始めた。




