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返却

ふと、レオンの視線が部屋の隅へと向いた。

 壁に静かに立てかけられた一本の剣。

 朝日を受けた刀身が淡く光を反射し、まるでそこだけ別の空気が流れているかのような存在感を放っていた。

 レオンはしばらく無言のまま、その剣を見つめる。

 そして小さく息を吐いた。

「……あいつに返してやんなきゃな」

 ぽつりと漏れた呟きに、ユージンが顔を上げる。

「あいつ?」

 レオンの視線を追い、すぐに察した。

「ああ……ロップだね」

 ラヴィーナの形見。

 あの戦いの中で託された剣。

 ユージンは窓の外へ視線を向けながら続けた。

「恐らく街の方じゃないかな。朝から復興作業を手伝ってる人も多いみたいだし」

「ああ」

 レオンは頷き、剣を手に取る。

 手に馴染む重みが伝わってきた。

 それは単なる武器の重さではない。

 誰かの想いが宿る重みだった。

 そのまま立ち上がり、扉へ向かう。

 ユージンも自然と後に続こうとした――その時だった。

「……ん?」

 鞄の中が、もぞりと動く。

 次の瞬間。

 ひょこっと顔を覗かせたのは、小さな魔物――ケンジャだった。

 丸い瞳をぱちぱちと瞬かせながら、当然のような顔で二人を見上げている。

 ユージンは呆れたように眉を下げた。

「……ついて来るの?」

「お留守番は嫌だ」

 即答だった。

 一切の迷いもない。

 ユージンは数秒黙り込み、深いため息を漏らす。

「……はぁ」

 止める気はないらしい。

 こうして二人と一匹は部屋を後にした。

 廊下へ出た瞬間だった。

 隣室の扉が開く。

 姿を現したのはアッシュとリシェル。

「おっ、レオン!」

 アッシュが気付いて手を振る。

「お前も起きたんだな」

「ああ」

 レオンは軽く手を上げて応じた。

「これからこいつを返しに行こうと思ってな」

 そう言って掲げたのはラヴィーナの剣。

 事情を察したアッシュは「ああ」と頷いた。

 その横でユージンが周囲を見回す。

「そういえばミレアは? 様子はどうだい?」

 リシェルが静かに答えた。

「……大丈夫」

 短い言葉。

 だが、その声には確かな安堵が滲んでいた。

「まだ眠ってる。今は休ませてあげたい」

「そっか……」

 ユージンは胸を撫で下ろす。

 皆が無事だったわけではない。

 失ったものもある。

 それでも、守れた命があった。

 その事実は何より大きかった。

「俺達も外に行くか」

 アッシュが腕を組む。

「まだ街は大変そうだしな。手伝える事もあるだろ」

 リシェルも小さく頷いた。

 そして一行は宿を出る。

 外へ足を踏み出した瞬間、目の前に広がった光景に誰もが言葉を失った。

 街は酷く傷付いていた。

 崩れた建物。

 砕け散った石畳。

 焼け焦げた壁。

 戦いの爪痕が、あらゆる場所に刻まれている。

 昨日まで繰り広げられていた激戦が、今もなお鮮明に残されていた。

 だが――。

「そっちに運べ!」

「怪我人を優先しろ!」

「木材が足りないぞ!」

 街には力強い声が響いていた。

 亜人達が瓦礫を運び。

 兵士達が避難民を支え。

 ルナミリアの生徒達が炊き出しや治療の手伝いをしている。

 誰もが忙しく動いていた。

 疲労は隠せない。

 傷だらけの者もいる。

 それでも誰一人として俯いてはいなかった。

 絶望ではない。

 前へ進もうとする意志。

 復興への希望。

 その空気が街全体を包んでいた。

「……すごいな」

 アッシュがぽつりと呟く。

 レオンも静かに頷いた。

 そして彼らはロップを探しながら街を歩き始める。

 しばらく進んだ先。

 避難所として使われている広場の一角で、その姿を見つけた。

 ロップだった。

 小さな身体で、大きな鍋の前を忙しく行き来している。

 年老いた老人へ。

 泣き疲れた子供へ。

 一人一人に食事を手渡していた。

 決して手際が良いわけではない。

 慣れているようにも見えない。

 それでも。

 受け取る相手の顔を見て、丁寧に言葉を添えている。

 その姿はどこかラヴィーナと重なって見えた。

 レオンは静かに歩み寄る。

「ロップ」

 名前を呼ぶ。

 ロップが振り返った。

 そして次の瞬間、ぱっと表情を輝かせる。

「レオンさん!」

 駆け寄ってくる。

「目が覚めたんですね! ケガはもう大丈夫なんですか!?」

「ああ」

 レオンは苦笑しながら頷いた。

「もう平気だ」

 そう言って手にしていた剣を差し出す。

「お前に返しに来た」

 ロップの視線が剣へ向けられる。

 ラヴィーナの剣。

 姉が最後まで手放さなかった形見。

 ロップは何も言わず、その剣を見つめていた。

 風が吹く。

 避難所の喧騒だけが遠く聞こえる。

 やがてロップは静かに首を横へ振った。

「……私は」

 小さな声だった。

「私は、この剣を扱う事が出来ません」

 その瞳に迷いはない。

「レオンさんのお役に立てるなら……その剣は、レオンさんが持っていてください」

 レオンの眉が僅かに寄る。

「いや……でもこれは」

 視線を剣へ落とす。

「ラヴィーナの……姉さんの形見だろ」

 当然の言葉だった。

 だがロップは穏やかに微笑む。

 どこか吹っ切れたような、優しい笑みだった。

「いいんです」

 その声は不思議なほど柔らかかった。

「きっと姉も納得してくれます」

 ロップは剣を見つめながら続ける。

「姉は最後まで誰かを守るために戦いました」

 そして顔を上げる。

「レオンさんは、その想いを受け継いでくれました」

 真っ直ぐな瞳。

 そこに悲しみはあっても、後悔はなかった。

「だから私は、この剣をレオンさんに託したいんです」

 レオンはしばらく黙り込んだ。

 ラヴィーナの最後の姿が脳裏をよぎる。

 自分を全力で守ってくれた女性。

 その覚悟。

 その強さ。

 ゆっくりと剣を握り直す。

 柄を握る手に力が入った。

「……わかった」

 静かに答える。

「大事にする」

 短い言葉。

 だが、それは確かな誓いだった。

 ロップの顔がぱっと明るくなる。

「はい!」

 返ってきた笑顔は、どこまでも真っ直ぐだった。

 その笑顔を見ながらレオンは思う。

 失われたものは戻らない。

 けれど、託された想いは消えない。

 ラヴィーナが遺したものは、確かに今もここに生きていた。

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