ゼルガリア防衛戦⑤
ロップは走っていた。
背後から飛ぶ怒号も、耳には入らない。
「止まれ!! 危険だ!!」
ゼルガリア兵の制止。
続いて、前方へ飛び出したルミナリアの生徒が両腕を広げた。
「ダメだ! 行くな!!」
だがロップは止まらなかった。
小さな体で身を屈め、隙間を縫うように駆け抜ける。
目指す先はただ一つ。
――レオンの元だ。
砂埃が舞う戦場。
崩れた建物。
傷ついた兵士達。
その中心で、レオンは膝をついていた。
視界は霞み、耳鳴りが鳴り響く。
全身は悲鳴を上げ、立っていることすら奇跡に近い。
それでも顔を上げた先には、なお健在な脅威があった。
魔装兵器獣。
巨大な鋼鉄の魔獣が、無機質な瞳でこちらを見下ろしている。
周囲には倒れた仲間達。
ディルク。
ニクス。
ユージン。
誰もが満身創痍だった。
「……レオン」
ディルクの低い声が聞こえる。
「レオン!!」
ニクスの叫び。
「……レオン!」
ユージンの声も聞こえた。
だが、その全てがどこか遠い。
まるで水の中から聞いているように曖昧だった。
それでもレオンは立ち上がる。
震える足に力を込める。
拳を握る。
大気中のマナを巡らせる。
ここで倒れれば終わりだ。
守れない。
誰一人。
だから――。
覚悟を決めた、その瞬間だった。
「レオンさーん!!」
場違いなほど大きな声が戦場に響いた。
「……!?」
反射的に振り返る。
そこにいたのは、息を切らしながらこちらへ走ってくるロップだった。
「なっ……!」
レオンの顔色が変わる。
「何やってんだ!!」
怒鳴る。
「危ないから来るな!!」
だがロップは止まらない。
涙を浮かべながら、それでも真っ直ぐレオンを見つめていた。
「レオンさん!!」
その手には一本の剣が握られている。
「受け取って下さい!!」
次の瞬間。
ロップは全力でその剣を投げた。
銀色の軌跡を描きながら空を舞う。
レオンは咄嗟に腕を伸ばした。
ガシッ――。
確かな重みが掌に伝わる。
「……これは……」
思わず目を見開く。
見覚えのある装飾。
鍔に刻まれた意匠。
そして柄の中央に埋め込まれた青白い鉱石。
「ラヴィーナの……剣……」
胸が震えた。
脳裏に浮かぶのは、一人の兎亜人の女性。
命を懸けて自分を守ったあの姿。
もう二度と会うことのできない存在。
その形見だった。
そして剣に埋め込まれている鉱石。
ケンジャが語っていた言葉が蘇る。
――魔鉱岩。
魔力を伝え、増幅する核。
レオンの瞳に再び光が宿る。
「……助かる」
短く呟いた。
そしてロップへ視線を向ける。
「後は俺に任せろ!」
「……はい!」
ロップは強く頷いた。
もう不安はなかった。
信じている。
目の前の少年なら必ず勝つと。
だから背中を預け、走り去る。
それを見届けたレオンは静かに前を向いた。
魔装兵器獣。
巨大な敵がこちらを見据えている。
レオンは剣を構えた。
ゆっくりとマナを流し込む。
その瞬間だった。
「……っ!」
感覚が違う。
今までのように武器の表面へ纏わせるのではない。
体内を巡るマナが、吸い込まれるように剣の内部へ流れ込んでいく。
芯へ。
中心へ。
埋め込まれた魔鉱岩がそれを受け取り、伝え、増幅していく。
まるで剣そのものが呼吸を始めたかのように。
応えるように。
共鳴するように。
刀身が眩い光を放った。
白銀の輝き。
そして――。
光が伸びる。
刀身の先から溢れた魔力が刃となり、長く鋭く形成されていく。
まるで光そのものを剣に変えたようだった。
その光景に周囲の誰もが息を呑む。
「……あれは……」
ディルクが目を見開く。
ニクスも言葉を失っていた。
レオンは一歩踏み出す。
同時に。
魔装兵器獣の砲身がこちらへ向けられた。
膨大な魔力が収束する。
空気が震える。
危険だと本能が警鐘を鳴らした。
だがレオンは微動だにしなかった。
静かに息を吐く。
「……行くぞ」
次の瞬間。
轟音が世界を揺らした。
魔装兵器獣の最大出力。
巨大な魔弾が放たれる。
だが同時に。
レオンも動いた。
光の剣を振るう。
一直線に。
迷いなく。
白銀の斬撃が奔る。
光と光が衝突した。
激しい爆発。
衝撃波が大地を削り取る。
視界が真っ白に染まる。
誰もが目を閉じた。
だが。
「……ああああああぁぁぁっ!!」
レオンは止まらない。
さらに前へ。
さらにマナを流し込む。
剣が応える。
光が増す。
斬撃が魔弾を押し返していく。
そして――。
押し切った。
一直線に。
そのまま魔装兵器獣へと到達する。
レオンは全身全霊を込めて振り抜いた。
――ザンッ。
あまりにも静かな音だった。
次の瞬間。
世界から音が消える。
誰もが息を止めた。
そして。
魔装兵器獣の巨体に一筋の線が走る。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
その巨体が左右へずれた。
真っ二つだった。
轟音と共に崩れ落ちる鋼鉄の巨体。
大地が揺れる。
土煙が舞い上がる。
沈黙。
誰も言葉を発せなかった。
信じられなかった。
あの絶望の象徴が。
あの怪物が。
今、倒れたのだから。
やがて。
「……勝った」
誰かが呟いた。
その一言が引き金となる。
「勝ったぞ!!」
「レオンがやった!!」
「やったぁぁぁ!!」
歓声が爆発した。
兵士達が武器を掲げる。
市民達が涙を流す。
絶望に包まれていた戦場に希望の声が広がっていく。
その中心で。
レオンは静かに息を吐いた。
張り詰めていた緊張が切れる。
膝から力が抜けた。
倒れそうになった体を支えたのはユージンだった。
「レオン!」
慌てて抱き止める。
すぐに回復魔法を発動。
柔らかな緑の光がレオンを包み込む。
「本当に……」
ユージンは苦笑した。
「すごいよ、レオン」
その声には心からの敬意が込められていた。
「君の勝利だ」
隣ではニクスが鼻を鳴らす。
「ヒヤヒヤさせやがって」
文句を言いながらも、その口元は少しだけ緩んでいた。
レイも静かに微笑む。
「無事で何よりです」
遠くではゼルガリアの兵士達が勝利の雄叫びを上げている。
市民達の安堵の声。
仲間達の笑顔。
誰もが理解していた。
終わったのだ。
長く苦しかった戦いが。
幾度も絶望を突きつけられた夜が。
今、この瞬間――。
ようやく幕を閉じたのだった。




