ゼルガリア防衛戦③
炎が唸りを上げた。
ニクスの放った業火が戦場を薙ぎ払い、押し寄せていた魔物の群れを一気に飲み込む。
轟音と共に炎柱が立ち昇り、焼け焦げた肉の臭いが風に乗って広がった。
だが、それだけでは終わらない。
「はぁぁぁぁッ!!」
炎の壁を突き抜けるように、ヒルデが地面を蹴った。
変異した両腕。
鋼鉄のように硬質化した爪が鈍く輝き、敵を切り裂く。
レオン、アッシュ、レイも同時に駆け出す。
四人の前進は止まらない。
レオンの剣が魔物の喉を断ち切り、アッシュの剣が骨ごと胴体を叩き潰す。
レイの鋭い突きが魔物の喉元を貫通する、ヒルデの爪が肉を裂き、血飛沫を散らした。
一体。
二体。
三体。
次々と魔物が地に伏していく。
押し寄せる群れすら、その勢いを止めることはできなかった。
だが、前衛だけが戦っているわけではない。
「マイロ! クルス! ダイアナ! 手伝って!」
後方からミレアが声を張り上げる。
三人の生徒達が即座に反応した。
「了解!」
「任せろ!」
「いつでも!」
返事を確認すると同時に、ミレアは腰の鞄から一冊の魔導書を引き抜いた。
古びたページがひとりでにめくれ上がる。
魔力が流れ込み、淡い光が文字列を浮かび上がらせた。
「――リンク開始」
瞬間。
四人の意識が繋がった。
視界。
感情。
魔力。
思考。
それらが一本の糸で結ばれたように重なり合う。
誰がどこを見ているのか。
誰が何を感じているのか。
すべてが共有される。
四人でありながら、一人でもある奇妙な感覚。
だが、それこそがミレアの真骨頂だった。
「……いくよ!」
魔法陣が同時に展開される。
次の瞬間――
ゴォォォォォォッ!!
大地を揺るがす轟音と共に、巨大な濁流が出現した。
まるで川そのものを引き剥がしてきたかのような圧倒的水量。
怒涛の奔流が魔物の群れへと襲いかかる。
押し流し。
巻き込み。
飲み込み。
抵抗する暇すら与えない。
悲鳴を上げながら、数十体もの魔物が濁流に呑まれていった。
そして――
「……凍れ」
静かな声が響く。
リシェルだった。
彼女が片手をかざした瞬間、周囲の温度が一気に下がる。
白い霧が広がり、冷気が戦場を駆け抜けた。
濁流ごと。
魔物ごと。
すべてを凍結させる。
巨大な氷塊が戦場の中央に出現した。
無数の魔物達が絶望の表情を浮かべたまま閉じ込められている。
次の瞬間。
――パキィィンッ!!
鋭い破砕音。
巨大な氷塊が内部から崩壊した。
砕け散った氷片が灯りを反射しながら宙を舞う。
閉じ込められていた魔物達もろとも、粉々に。
戦場に一瞬だけ静寂が訪れた。
確かに敵は減っている。
目に見えて。
着実に。
「……やったか?」
誰かが呟いた。
その声には希望が混じっていた。
だが――
「……魔力反応を感知!」
ミレアが突然顔を上げる。
「ゼルガリア軍です! それと教官も!」
全員の視線が一斉に向く。
魔物の群れの向こう。
土煙を巻き上げながら軍勢が迫っていた。
先頭を駆けるのはセリス王。
その背後にはゼルガリア軍の兵士達。
さらに――ディルクの姿も見える。
「援軍だ!」
「助かった……!」
安堵の声が広がる。
合流できれば勝利は目前。
誰もがそう思った。
「これで終わりだ……」
その瞬間だった。
「総員!! 退避――ッ!!」
セリスの怒号が戦場に響き渡る。
異様なまでの緊迫感。
ただ事ではない。
そう理解するより早く――
ドォォォォォンッ!!!
凄まじい爆発音が轟いた。
セリス達の背後で大地そのものが吹き飛ぶ。
「なっ――!?」
後列にいた兵士達が宙を舞った。
衝撃波が一直線に押し寄せる。
砂煙。
瓦礫。
爆風。
すべてが視界を奪った。
レオンは腕で顔を庇う。
息が詰まる。
何も見えない。
やがて風が吹き抜け――
砂煙が晴れ始めた。
レオンが目を開く。
その瞬間。
隣へ何かが落下した。
ドンッ――!
重い着地音。
反射的に振り向く。
「……教官!?」
そこにいたのはディルクだった。
しかし、その姿を見た全員が息を呑む。
傷だらけだった。
衣服は裂け、全身が血で濡れている。
肩で荒く呼吸を繰り返し、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
誰が見ても満身創痍。
限界寸前だった。
「大丈夫ですか!?」
レオンが駆け寄る。
ディルクは荒い息を吐きながら答えた。
「……レオンか」
その声に余裕はない。
「話は後だ……」
険しい表情で後方を睨む。
「あいつを……止めねばならん」
その時、ユージンがすぐに前へ出た。
「回復します!」
優しい光がディルクを包み込む。
傷口がわずかに塞がり、乱れていた呼吸が落ち着いていく。
「……ユージンもいたか」
ディルクは小さく息を吐いた。
「助かる」
だが。
その安堵も束の間だった。
――ドン。
――ドン。
地鳴り。
まるで巨大な何かが歩いているような振動が大地を揺らす。
全員が顔を上げた。
裏山の方向。
そこから現れたのは――
巨大な影だった。
まず見えたのは二本の角。
続いて四足の巨体。
山を切り取って動かしたかのような圧倒的存在感。
そして背中には異様な機械装置。
二門の巨大な砲身が搭載され、不気味な光を放っていた。
「……っ!」
レオンの瞳が大きく見開かれる。
「こいつは……!」
忘れるはずがない。
あの時、自分達を苦しめた存在。
魔装兵器獣。
剣を握る手に力が入る。
しかし――
「おかしい……」
ユージンが顔を強張らせた。
「ゼルガリア軍が倒したはずじゃ……!」
その姿は以前とはまるで違っていた。
肉は裂け。
皮膚は腐敗し。
所々から骨が露出している。
生き物の姿ではない。
まるで動く死体だった。
「……魔力反応がありません」
ミレアが震える声で呟く。
「探知に引っかからない理由は……」
「本体は既に死んでいる」
ディルクが低く告げた。
全員が息を呑む。
「恐らく装置だけが機能し続け、死体を無理やり動かしているのだろう」
死体を兵器として利用する。
常識を逸脱した悪夢の産物。
「だから探知できなかった……」
誰かが呟く。
静寂が落ちる。
その重苦しい空気を切り裂くように、セリスが前へ出た。
剣を抜く。
鋭い音が響く。
「総員!!」
王の声が戦場に轟いた。
兵士達が震える足を踏み締める。
恐怖に顔を青くしながらも、誰一人として逃げない。
「これが最後の戦いだ!!」
一歩前へ。
セリスが踏み出す。
その背中を見て、兵士達の瞳に再び火が灯った。
「敵を――迎え撃てぇぇぇッ!!」
「「「おおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
咆哮が響く。
恐怖を押し潰すように。
覚悟を叫ぶように。
人々の意思が一つになる。
そしてその先で――
異形の魔装兵器獣がゆっくりと頭を持ち上げた。
砲身が不気味な光を帯びる。
死んだはずの怪物が。
再び戦場へ降り立とうとしていた。




