ゼルガリア防衛戦⓶
石畳を蹴る音が、王都へ続く大通りに響く。
レオンたちは息を切らすこともなく駆けていた。
遠くから聞こえてくるのは、平穏とは程遠い音。
轟音。
獣の咆哮。
金属が激しくぶつかり合う甲高い衝撃音。
風に乗って運ばれてくるその全てが、王都で起きている異変を物語っていた。
「…もう始まってる様だな」
先頭を走るヒルデが忌々しそうに舌打ちする。
嫌な予感は、王都へ近づくにつれて確信へと変わっていた。
空気が重い。
まるで戦場そのものが街全体を覆っているかのようだった。
「アルケイア軍が……ここまで攻め込んできたのかな」
ユージンが険しい表情で呟く。
だがレオンは振り返らなかった。
何が起きていようと関係ない。
自分たちのやるべきことは決まっている。
「敵が何だろうが関係ねぇ」
真っ直ぐ前だけを見据える。
「ぶっ倒すだけだ!」
その言葉にアッシュが口元を歪めた。
「どのみちゼルガリアに加勢するしかねぇんだ」
剣の柄に手を添える。
「行くぞ!」
誰かが返事をするより早く、一行は王都の門を駆け抜けた。
そして――。
目の前に広がる光景に、誰もが息を呑む。
そこにあったのは戦場ではない。
地獄だった。
街中を埋め尽くす魔物の群れ。
崩れ落ちた建物。
燃え盛る炎。
逃げ惑う人々の悲鳴。
亜人兵たちは血に塗れながら剣を振るい、魔法使いたちは市民を守るように陣を敷き、次々と魔法を放っている。
あまりにも激しい戦いだった。
まるで王都そのものが魔物に喰われようとしているかのようだった。
「……なんだよ、これ」
アッシュが思わず声を漏らす。
その視線の先。
魔物と戦う集団の中に、見覚えのある制服があった。
「……ルミナリアの学生?」
ヒルデが目を細める。
「どうなってる?」
王都ゼルガリアにいるはずのない者たち。
その理由を考えるより先に――
「……! レオン!」
ユージンが声を上げた。
「あそこ! ニクスたちがいる!」
指差した先。
激戦区の最前線。
押し寄せる魔物の群れを相手に三人の人影が立っていた。
燃えるような紅髪。
氷のような青髪。
鋭い視線を持つ少女。
ニクス。
リシェル。
ミレア。
「……っ!」
レオンの瞳が見開かれる。
次の瞬間には、さらに速度を上げていた。
「行くぞ!!」
地面を蹴り飛ばす。
一直線に戦場へ飛び込んだ。
立ちはだかる魔物を斬り伏せる。
薙ぎ払う。
叩き潰す。
無理やり道をこじ開けながら最前線へ突き進む。
そして――。
「ニクス!! 大丈夫か!?」
叫ぶ。
その声にニクスが振り返った。
戦闘の最中。
ほんの一瞬だけ視線が交わる。
無事だった。
その事実にレオンの胸の奥から安堵が湧き上がる。
しかし。
当の本人はそんな感動的な再会をする気など欠片もないらしい。
「おせぇぞ、てめぇ!!」
開口一番怒鳴った。
「遅れた分、死ぬほど働け!!」
「うるせぇ!!」
レオンも負けじと怒鳴り返す。
「まさかこの程度でへばってんじゃねぇだろうな!?」
剣を構える。
体内を巡るマナが刃へ流れ込む。
膨れ上がる力。
そして――。
横薙ぎ。
轟音と共に放たれた一撃が、前方の魔物をまとめて吹き飛ばした。
衝撃波が地面を抉り、戦線が大きく押し返される。
周囲の兵士たちが思わず目を見開く。
「皆さん、お久しぶりです!」
レイが駆け寄る。
「加勢します!」
「レイ!」
ミレアの表情がぱっと明るくなった。
戦場では珍しいほど素直な笑顔だった。
「みんな、大丈夫かい?」
ユージンはすぐに治癒魔法を展開する。
柔らかな光がニクスたちを包み込む。
裂けた皮膚。
蓄積した疲労。
戦いで負った傷が少しずつ癒えていく。
「……助かる」
ニクスが短く呟いた。
それだけで十分だった。
一方その頃。
ヒルデの右腕が鈍い音を立てて変形する。
金属質な砲身が現れた。
冷たい瞳が魔物の群れを捉える。
「――撃つ」
次の瞬間。
放たれた魔弾が一直線に戦場を貫いた。
轟音。
爆発。
魔物たちがまとめて吹き飛び、一直線の空白地帯が生まれる。
「すごい数だな」
ヒルデが静かに言った。
「よく今まで耐えてた」
短い言葉だった。
だがそこには確かな称賛が含まれていた。
その時だった。
背後から飛び出した大型の魔物がリシェルへ襲いかかる。
しかし。
その牙が届くことはない。
――ズバァッ!!
鋭い一閃。
魔物の首が宙を舞う。
アッシュだった。
「……助かった」
リシェルが静かに言う。
「礼はいらねぇ」
アッシュは血を払うように剣を振るった。
「まだ終わってねぇぞ」
視線の先。
再び押し寄せる魔物の大群。
黒い波のようなそれが街を埋め尽くしていた。
だが――。
もう先程までとは違う。
レオンたちが加わったことで戦線は目に見えて変化していた。
押されるだけだった前線が止まる。
止まっただけではない。
少しずつ。
確実に。
押し返している。
その光景を見ていた誰かが思わず呟いた。
「……すげぇ」
その声は次第に周囲へ伝播していく。
「俺たちだって負けてられねぇ!」
「絶対に守り抜くんだ!」
学生たちが叫ぶ。
兵士たちが再び剣を握る。
恐怖は消えない。
だが今は、それ以上に胸を燃やすものがあった。
闘志。
希望。
戦場に失われかけていたものが戻り始めていた。
守られるだけだった市民たちも顔を上げる。
絶望に染まっていた瞳に、再び光が宿る。
まだ終わっていない。
それでも。
諦めるには早すぎる。
そんな想いが王都全体へ広がっていく。
その様子を、一人の少女が見つめていた。
ロップだった。
彼女は胸元で一本の剣を抱き締める。
亡き姉が遺した形見。
かつて自分を守り続けてくれた大切な存在の証。
「……レオンさん」
小さく呟く。
握る手に力が入る。
以前なら震えていたはずの指先。
だが今は違う。
もう震えていなかった。
レオンたちが戦っている。
守るために。
誰かの未来のために。
その背中は、確かに彼女の心を動かしていた。
戦いはまだ終わらない。
魔物の群れも尽きてはいない。
それでも――。
確かに今。
絶望に支配されていた戦場の流れは、少しずつ変わり始めていた。




