ゼルガリア防衛戦
王都中央広場。
そこに集められた生徒たちは、誰もが同じ方向を見つめていた。
北方――王都の外れにそびえる山岳地帯。
先ほどまで空を染め上げていた眩い光が、ゆっくりと消えていく。
まるで世界そのものが瞬きをしたかのような、異様な光景だった。
「……何だ、あれ……」
誰かが呟く。
「いったい何が起きてるんだ……?」
不安げな声が続く。
ざわめきは次第に広がり、人々の胸に得体の知れない恐怖を植え付けていく。
誰も状況を理解できていなかった。
何が起きたのか。
あの光が何を意味するのか。
分かる者など一人もいない。
だが――。
ただ事ではない。
それだけは誰の目にも明らかだった。
その時だった。
――ドン。
足元が揺れた。
重く鈍い振動が地面を伝い、広場全体を震わせる。
――ドン……ドン……。
まるで巨大な何かが近づいてくるような地鳴り。
生徒たちの表情が強張る。
嫌な予感が胸の奥を締め付けた。
そして。
「――来たぞォォォッ!!」
兵士の絶叫にも似た叫びが響いた。
全員が反射的に振り返る。
次の瞬間だった。
王都の通りの先から、黒い濁流が押し寄せてきた。
魔物。
無数の魔物だった。
牙を剥き、唸り声を上げながら街へ雪崩れ込んでくる。
狼型。
獣型。
異形の魔獣。
その数は一目では数え切れない。
「……っ」
生徒たちの足が止まる。
呼吸が浅くなる。
手に握った武器が震える。
訓練では何度も戦った。
模擬戦も経験した。
だが違う。
目の前にあるのは演習ではない。
失敗すれば死ぬ。
隣にいる仲間が死ぬ。
それが現実だった。
誰も踏み出せない。
恐怖が身体を縛り付ける。
その瞬間。
――ゴォォォッ!!
轟音と共に巨大な火球が空を裂いた。
一直線に魔物の群れへ突き刺さる。
次の瞬間、炎が爆ぜた。
灼熱の衝撃が広がり、先頭を走っていた魔物たちをまとめて吹き飛ばす。
炎に包まれた獣たちが悲鳴を上げながら地面を転がった。
視線の先。
そこには一人の少年が立っていた。
燃えるような赤髪を揺らしながら。
ニクスだった。
「何してんだテメーらァ!!」
怒号が広場に響く。
生徒たちの肩が跳ねた。
「敵が来てんだろーが!!」
ニクスは一歩前へ踏み出す。
その瞳に迷いはない。
恐怖など微塵も感じさせない。
「ビビってる暇があんなら武器を握れ!!」
叫ぶ。
「気合い入れろォ!!」
その声は叱咤だった。
だが同時に、立ち止まる者たちの背中を強引に押し出す力を持っていた。
直後。
――パキッ。
乾いた音が響く。
地面が白く染まった。
瞬く間に冷気が広場を覆い、魔物たちの足元を凍結させる。
リシェルだった。
淡い水色の髪を揺らしながら、静かに杖を構えている。
「……遅い」
感情の見えない声。
しかし次の瞬間。
彼女の周囲に無数の氷槍が出現した。
鋭く尖った氷の槍。
それが一斉に射出される。
――ギュンッ!!
空気を裂く音。
氷槍は吸い込まれるように魔物たちへ突き刺さった。
胸を貫き。
頭を砕き。
身体を串刺しにする。
次々と魔物が崩れ落ちた。
「――焼けろッ!!」
追撃。
ニクスが両腕を振るう。
炎の奔流が横薙ぎに放たれた。
燃え盛る火炎が戦場を切り裂き、凍りついた魔物たちをまとめて飲み込む。
爆炎。
悲鳴。
焦げる臭い。
進軍していた群れが大きく足を止めた。
そこへ声が飛ぶ。
「リシェル! 前方右側、魔力反応三体!」
ミレアだった。
目を閉じ、探知魔法を展開している。
彼女の視界には戦場全体が映っていた。
「大型種です!」
「……了解」
リシェルが即座に反応する。
巨大な氷塊が空中に生成された。
照準。
固定。
そして――射出。
――ドォォォン!!
砲弾のような氷塊が直撃した。
三体の大型魔物がまとめて吹き飛び、建物の壁へ激突する。
轟音。
土煙。
完全な連携だった。
ニクスの火力。
リシェルの制圧力。
ミレアの探知。
三人の動きには一切の無駄がない。
それを見た時だった。
止まっていた時間が動き出す。
「……やるぞ!」
誰かが叫んだ。
「……っ、ああ!」
武器を握る音が重なる。
恐怖は消えていない。
足も震えている。
それでも。
前に立つ仲間たちがいる。
戦っている者たちがいる。
ならば自分たちだけ立ち止まるわけにはいかなかった。
一歩。
また一歩。
生徒たちが前へ出る。
それは小さな勇気だった。
しかし確かな一歩だった。
さらに。
王都に残っていた兵士たちも立ち上がる。
血だらけの腕で剣を握り直す者。
肩を負傷しながら槍を構える者。
傷を押さえながら盾を持ち上げる者。
誰一人として退かなかった。
守るべき人々がいる。
守るべき国がある。
その想いが彼らを立たせていた。
やがて。
「――おおおおおおおおおおッ!!」
誰かの雄叫びが響く。
一人。
二人。
三人。
それは瞬く間に広がった。
兵士たちの叫び。
生徒たちの叫び。
人々の意志が一つになる。
そして。
次の瞬間――。
人と魔物が激突した。
剣閃が走る。
魔法が炸裂する。
鮮血が舞う。
悲鳴と咆哮が交錯する。
王都中央広場は、完全な戦場へと姿を変えていた。
だが。
もう誰も立ち止まらない。
恐怖に膝をつく者はいない。
守るために。
生きるために。
仲間を守るために。
彼らは武器を振るう。
魔法を放つ。
声を上げる。
そして今――。
王都を守るための戦いが、本当の意味で始まった。




