魔物の行進
轟音が大地を揺らしていた。
剣が振るわれる。
牙が肉を裂く。
炎が空を焦がし、血が土を染める。
ゼルガリア北部――最前線。
「前方! タイラントリザード接近! 数は四体!!」
兵士の悲鳴にも似た報告が響く。
立ち込める黒煙の向こうから、巨大な影が姿を現した。
岩のような分厚い鱗。
大樹をも踏み砕く脚。
その巨体が一歩進むたびに、大地が震える。
兵士たちの顔に緊張が走った。
「総員! 敵を叩け!!」
その空気を切り裂いたのはセリスの声だった。
王として戦場の最前線に立つ女性の声。
迷いはない。
恐怖も見せない。
その姿そのものが、兵たちの支えだった。
「セリス殿下! 右翼にシェイプスパイダー多数確認!」
「左翼が押されています! このままでは――!」
次々と飛び込む報告。
戦況は悪化の一途を辿っていた。
どれだけ倒しても敵は尽きない。
魔物たちは波のように押し寄せ続ける。
だが。
「諦めるな!!」
セリスの怒号が戦場を震わせた。
「貴様らの後ろには家族がいる! 守るべき者がいる!」
自ら剣を振るい、最前線を駆ける。
飛び掛かってきた魔物を斬り伏せ、そのまま前へ出る。
「絶対に――ここを突破させるな!!」
その言葉に兵士たちが歯を食いしばった。
足を止める。
逃げたい衝動を押し殺し、再び武器を握り直す。
しかし。
現実は残酷だった。
「ぐあぁっ!!」
一人が倒れる。
さらに別の場所でも悲鳴が上がる。
血に染まった兵士が次々と地面へ崩れ落ちていく。
戦線は確実に削られていた。
そして――。
「まずい!」
左翼側。
大型魔物との戦闘で生じた僅かな隙間。
そこへ小型の魔物たちが雪崩れ込む。
兵士たちの間を縫い抜け、そのまま王都方面へ駆け出した。
「しまっ――」
セリスが叫びかけた、その瞬間だった。
――バサァァッ!!
空を覆う巨大な影。
轟く羽音。
戦場にいた全員が思わず空を見上げる。
次の瞬間。
雷鳴が炸裂した。
青白い閃光が空から降り注ぎ、小型魔物の群れをまとめて飲み込む。
爆ぜる電撃。
焦げた肉の臭い。
地面には黒く焼け焦げた死骸だけが残った。
「な……」
兵士たちが息を呑む。
そこにいたのは巨大な雷鳥。
召喚獣――サンダーバード。
そしてその背に立つ男。
「……間に合ったか」
静かな声が響く。
ディルクだった。
サンダーバードが地上へ降り立つ。
その直後。
ディルクは躊躇なく新たな魔法陣を展開した。
「行け」
低く呟く。
地面が震えた。
土を突き破り現れたのは巨大な骨の怪物。
空洞の眼窩を輝かせる異形。
スカルリザード。
咆哮と共に前進した骨竜は、そのまま左翼へ突撃した。
巨大な顎が魔物を噛み砕く。
骨の尾が敵を薙ぎ払う。
崩れかけていた戦線が、一気に押し返されていく。
「援軍だ!!」
「まだ戦えるぞ!!」
兵士たちの士気が蘇る。
だが。
ディルクの表情は晴れなかった。
むしろ険しさを増していた。
「……やるしかないか」
小さく呟く。
一歩前へ。
その足元に、巨大な魔法陣が広がった。
幾重にも重なる複雑な術式。
周囲の空気が重く沈む。
戦場にいた者たちは本能的に理解した。
何かとてつもないものが呼び出されようとしている。
魔力が収束する。
空間そのものが軋む。
「……来い」
ディルクの呼び声。
そして。
魔法陣の奥から――それは現れた。
巨大な顔。
異形の輪郭。
見る者の本能を刺激する禍々しい存在感。
ただそこにいるだけで空気が歪む。
――アルバ=ロトム。
その口がゆっくりと開く。
闇の奥へ、膨大な魔力が集束していく。
圧倒的な破壊。
制御を誤れば味方ごと消し飛ばしかねない一撃。
ディルクは振り返らない。
「セリス王」
静かな声だった。
「総員を退避させていただきたい」
一瞬の沈黙。
だがセリスは迷わなかった。
「総員退避!!」
即座に叫ぶ。
「ディルク殿の前方から離れろ!! 巻き込まれるな!!」
兵士たちが一斉に散開する。
左右へ。
後方へ。
道が開く。
その中心にロトムの口が向けられた。
ディルクは静かに手を振り下ろした。
「――撃て」
次の瞬間。
世界が白く染まった。
――ドォォォォォォンッ!!
凄まじい魔弾が放たれる。
空間が悲鳴を上げる。
光の奔流が魔物の群れを呑み込み、跡形もなく消し飛ばした。
大地が抉れる。
爆風が吹き荒れる。
戦場全体が震撼する。
誰も声を出せなかった。
ただ圧倒的な破壊を見つめることしかできない。
やがて。
土煙が戦場を覆い尽くした。
音が消える。
静寂だけが残る。
その中で。
膝をつく音が響いた。
「……はぁ……っ」
ディルクだった。
肩で息をしている。
額から汗が流れ落ちる。
顔色は悪い。
明らかに限界に近い魔力消耗。
それでも彼は前を見続けていた。
「……やったか」
掠れた声が漏れる。
土煙が少しずつ晴れていく。
視界が開ける。
そこには何も残っていない。
そう思った。
だが――。
その奥。
微かに何かが動いた。
「……っ」
一つ。
また一つ。
さらに一つ。
影が現れる。
そして。
ぞろり。
ぞろぞろと。
新たな魔物たちが姿を現した。
まるで底のない地獄のように。
終わりなく。
際限なく。
押し寄せてくる。
兵士たちの顔から血の気が引いた。
ディルクは拳を握り締める。
「……くそっ」
吐き捨てるように呟く。
倒しても終わらない。
押し返しても止まらない。
絶望的な数。
絶望的な現実。
そして誰もが理解した。
まだ終わっていない。
いや――。
本当の地獄は、ここから始まるのだと。




