セリス
王都へ戻る道中――。
つい先ほどまで聞こえていたのは、風が草木を揺らす音と、仲間達の足音だけだった。
だが、王都が視界に入り始めた頃には、その穏やかさは完全に消え去っていた。
「……なんだ?」
ニクスが眉をひそめる。
城門へ向かう街道には人の姿が溢れていた。
兵士達が慌ただしく走り回り、住民達も何かに追われるように行き交っている。
誰もが不安そうな表情を浮かべ、ざわめきは波のように広がっていた。
そして――。
ゴォン……。
ゴォン……。
重く腹の底まで響く鐘の音が、王都全域へ鳴り響く。
ミレアが足を止めた。
「……警鐘?」
その表情が険しくなる。
ただ事ではない。
三人は自然と歩調を速めた。
胸騒ぎを抱えたまま中央広場へ向かうと、そこには既に多くの生徒達が集まっていた。
ざわざわと落ち着かない空気。
不安そうな顔。
張り詰めた緊張感。
誰もが何かを待っている。
ニクスは近くにいた生徒の肩を掴んだ。
「おい。何があった」
突然声を掛けられた生徒は肩を震わせる。
振り返った顔は青ざめていた。
「ほ、北部の前線が……押され始めてるらしいんだ……」
「……っ」
ミレアの顔が強張る。
生徒は唇を震わせながら続けた。
「雪崩れ込んでくる魔物が増えてて……小型だけじゃない」
ごくり、と唾を飲み込む。
「中型も……大型も現れ始めてるらしい……」
「チッ……」
ニクスが舌打ちする。
最悪の展開だった。
魔物の群れが勢いを増している。
しかも前線が押されているとなれば、戦況は想像以上に悪い。
その時だった。
ざわついていた広場が、突然静まり返る。
人々が自然と左右へ分かれ、一筋の道が生まれた。
その先から現れたのは、一団の軍勢。
統率された足並み。
磨き上げられた武具。
歴戦の兵士達が整然と進んでくる。
そしてその先頭には、一人の女性が立っていた。
燃えるような紅の髪。
鋭く前を見据える眼差し。
堂々たる立ち姿。
ただそこにいるだけで、空気そのものが引き締まる。
彼女はゆっくりと生徒達の前へ歩み出た。
「ルミナリアの生徒諸君」
凛とした声が広場へ響く。
「私はゼルガリア国王――セリス・ゼルガリアだ」
その名が告げられた瞬間、生徒達の背筋が伸びた。
王。
それも自ら戦場に立つことで知られる女王。
誰もが無意識に息を呑む。
セリスは北方へ視線を向けた。
遠くからでも黒煙が見える。
「現在、王都北部より魔物の大群が進行している」
静かな声だった。
だが、その一言だけで状況の深刻さが伝わる。
「我らゼルガリア軍は、これより北部へ出陣する」
一歩前へ。
「敵勢力の殲滅にあたる」
その言葉に迷いは一切なかった。
勝つ。
守る。
それが当然だと言わんばかりの強さがあった。
だが続く言葉は、少しだけ声音を変える。
「万一に備え――」
セリスは生徒達を見渡した。
「諸君らには今一度、市民達の護衛を頼みたい」
真っ直ぐな眼差し。
王としての命令。
だが、それだけではない。
「報酬は保証する」
そして短く息を吐き、
「……民を守ってくれ」
そう告げた。
その一言に込められていたのは権力ではない。
願いだった。
国王として。
一人の守護者として。
国民を守りたいという純粋な想い。
だからこそ、生徒達の胸にも深く響いた。
セリスはそれ以上語らない。
踵を返し、軍へ向き直る。
「行くぞ」
短い号令。
次の瞬間。
軍勢が一斉に動き出した。
鎧の擦れる音。
地面を踏み鳴らす足音。
彼らは北部へ向かう。
戦場へ向かう。
その背中には覚悟があった。
死地へ赴く者だけが纏う重みがあった。
やがて軍勢の姿が遠ざかる。
広場に静寂が戻った。
しかし、それも束の間だった。
「……皆」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると、ディルクが立っていた。
彼は生徒達一人一人を見渡す。
疲労。
不安。
恐怖。
それら全てを理解した上で口を開く。
「疲れているだろう」
一瞬だけ表情が和らぐ。
だがすぐに教師としての顔へ戻った。
「それでも、もう一踏ん張りしてほしい」
短い言葉。
しかし力強い。
「各員、配置につけ」
号令と同時に、生徒達は動き始めた。
誰も文句は言わない。
誰も立ち止まらない。
戦いは、もう目の前まで迫っているのだから――。
その頃。
王都から離れた街道。
森を抜けた先で、レオン達は足を止めていた。
「……見えたな」
レオンが呟く。
視界の先には巨大な城壁。
ゼルガリア王国。
目的地はすぐそこだった。
だが――。
「……ん?」
ひょこりと顔を出したのはケンジャだった。
ユージンの鞄から顔だけを覗かせ、遠くを見つめている。
「なぁ……山の方、なんか燃えてね?」
その一言で全員の視線が向く。
北部の空。
そこには黒煙が立ち昇っていた。
赤い炎が空を焦がし、不吉な色を広げている。
ヒルデが目を細めた。
「……嫌な予感しかしないね」
レイも険しい表情になる。
「王都から、そう離れていません」
つまり。
戦場はすぐ近くまで来ている。
ユージンがレオンへ視線を向けた。
「どうする?」
短い問い。
だが答えは最初から決まっていた。
レオンは燃え上がる空を見つめる。
そして迷うことなく言った。
「……行くしかないだろ」
その瞳に躊躇はない。
アッシュが不敵に笑う。
「はっ、だと思ったぜ」
剣の柄を握る。
ニクスならきっと同じことを言うだろう。
レイもユージンも、それを理解していた。
だから誰も反対しない。
「急ぐぞ」
レオンの声と共に、一行は駆け出した。
王都へ。
迫り来る戦場へ。
それぞれの想いを胸に抱きながら。
運命に導かれるように。
散らばっていた物語は今、一つの場所へと収束していくのだった。




