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終わらぬ戦場

王都北部。

急ごしらえで築かれた防壁と無数の天幕が並ぶ駐屯地は、もはや戦場そのものと化していた。

轟音が鳴り響く。

――ドォンッ!!

大地を揺らす爆発。

衝撃波が防壁を震わせ、舞い上がった砂埃が空を覆う。

その先では、ゼルガリア兵と魔物たちが激しく激突していた。

炎が駆ける。

剣戟が交錯する。

断末魔と怒号が入り混じり、血飛沫が戦場を染めていく。

だが、それでも戦いは終わらない。

倒しても倒しても。

まるで尽きることのない濁流のように、魔物たちは森の奥から押し寄せ続けていた。

最前線に立つディルクは腕を組み、その光景を静かに見据えていた。

白髪混じりの髪が風に揺れる。

その表情に焦りはない。

だが、鋭い眼光だけが状況の異常さを物語っていた。

「……状況はどうなっている」

視線を前線から外さぬまま問いかける。

傍らにいた兵士が慌てて背筋を伸ばした。

「はっ!」

兵士は荒い息を整えながら報告を続ける。

「現在、魔物の数そのものは確実に減らしております。しかし……」

言葉が途中で止まる。

その続きを口にすることを躊躇うように。

ディルクはゆっくりと顔を向けた。

「しかし?」

兵士は唾を飲み込んだ。

「次から次へと現れるのです。討伐しても討伐しても……まるで終わりが見えません」

再び遠方で爆音が響く。

防壁の向こうでは兵士たちが必死に槍を振るい、魔法を放っていた。

ディルクは顎に手を当てる。

「……魔物を統率している者でもいるのか」

それなら説明はつく。

本来、魔物はここまで統率だった行動を取らない。

群れを成すことはあっても、この規模で王都へ押し寄せるなど異常だった。

しかし兵士は首を横に振る。

「いえ……」

「違うのか」

「むしろ逆です」

兵士の顔には困惑が浮かんでいた。

「統率されているというより……逃げているように見えるんです」

ディルクの眉がわずかに動く。

「逃げている?」

「はい」

兵士は森の方角を指差した。

「襲い掛かってくるのは間違いありません。しかし、どの個体も後ろを気にしているような……何かに追われているような……」

自分で言いながらも信じられないのだろう。

声には迷いが混じっていた。

ディルクは再び戦場へ視線を戻した。

魔物が逃げる。

その言葉だけなら珍しくもない。

だが――。

今ここにいる魔物たちは、逃げながら人間に襲い掛かっている。

まるで生き延びるために。

「何から逃げている」

低く呟くように問う。

兵士は力なく首を振った。

「わかりません……」

沈黙が落ちる。

戦場であるにもかかわらず、その瞬間だけ妙な静けさがあった。

ディルクはゆっくりと森の奥を見つめた。

遥か彼方。

黒々とした木々の海。

その先にある何か。

胸の奥で、長年戦場を渡り歩いてきた経験が警鐘を鳴らしていた。

(……いるな)

何かが。

確実に。

魔物ですら恐怖する存在が。

そしてそれこそが、この異常事態の中心。

真の脅威。

風が吹く。

血と焦げた臭いを運びながら。

ディルクは静かに目を細めた。

「嫌な予感がするな……」

誰にも聞こえないほど小さく呟いた言葉は、戦場の喧騒に飲み込まれて消えた。

王都南部 ―― 静かな海岸

その頃。

王都南部の海岸線には、北部とはまるで別世界のような光景が広がっていた。

青く澄んだ海。

穏やかな波。

潮風が砂浜を撫でていく。

耳に届くのは規則正しい波音だけ。

戦場の怒号も爆音も、ここには届かない。

「……平和だなぁ」

ニクスが大きな欠伸を漏らした。

両腕を上げて伸びをする。

緊張感の欠片もない姿だった。

もっとも、それも無理はない。

周囲には魔物の影すら見当たらないのだから。

「警戒は怠らないでくださいよ」

ミレアが苦笑混じりに言う。

そして静かに目を閉じた。

魔力が広がる。

水面に波紋が広がるように、探知魔法の感覚が周囲一帯へと伸びていく。

砂浜。

岩場。

沖合。

背後の林。

一つ一つ丁寧に確認していく。

数秒後。

ミレアは目を開いた。

「……反応ありません」

その言葉にニクスが肩を落とす。

「やっぱりか」

「魔物も人も感知できません。少なくとも、この周辺に異常はないですね」

リシェルも海を見つめながら静かに頷いた。

「なら問題ない」

短い言葉。

だが、その一言には確かな重みがあった。

何も起きない。

それは退屈なことではない。

今の状況だからこそ価値がある。

王都のどこかで誰かが命を懸けている以上、被害が増えないことこそ最善だった。

ミレアは探知を解除し、小さく息を吐いた。

「探索範囲は予定通り終わりました」

「じゃあ帰るか」

ニクスが踵を返す。

「次はもう少し当たりの任務を引きたいもんだな」

「それを当たりと言うかは人による」

リシェルが即座に返した。

「うるせぇな」

軽口を交わしながら歩き出す二人。

ミレアも苦笑しながら後を追う。

穏やかな時間だった。

誰もが、このまま終わると思っていた。

波の音が背後で響く。

夕陽を受けた海面がきらきらと輝いている。

だが――

その静寂は長く続かない。

北部で膨れ上がり続ける異常。

森の奥で蠢く正体不明の脅威。

魔物たちを恐怖のままに追い立てる存在。

それは確実に王都へ近づいていた。

そしてやがて。

この穏やかな海岸にも、その影は届くことになる。

まだ誰も知らないままに。

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