仮設避難所
王都へ戻る頃には、空は茜色へと染まり始めていた。
石畳を踏みしめる足音が、夕暮れの街に静かに響く。
戦いが終わったとはいえ、街に漂う空気は決して穏やかではなかった。行き交う人々の表情には疲労が色濃く残り、誰もがどこか不安を抱えているように見える。
「……こっちだな」
先頭を歩くニクスが依頼書に目を落としながら呟いた。
ミレア、リシェル、そしてロップはその後に続く。
しばらく歩いた先に見えてきたのは、王都の一角に急ごしらえで設営された避難施設だった。
巨大な天幕が幾つも並び、その周囲では兵士や医療班が慌ただしく動き回っている。
簡素な寝具。
積み上げられた物資。
そして何より――家を失い、行き場を失った多くの市民たちの姿。
その光景を前にした瞬間、ロップの足が止まった。
「……」
耳がぴくりと揺れる。
彼女の視線は施設の中を忙しなく彷徨っていた。
まるで誰かを探すように。
いや――探しているのだ。
その様子に気付いたミレアが振り返る。
「どうしました?」
優しい声に、ロップは少しだけ躊躇した。
聞いていいものか迷うように唇を動かし、それから意を決したように口を開く。
「……レオンさんは……いらっしゃらないんですか?」
小さな問いだった。
だが、その一言に込められた期待は隠しきれていなかった。
ニクスとリシェルが一瞬だけ顔を見合わせる。
ミレアはそんなロップの気持ちを察したのか、柔らかく微笑んだ。
「レオンなら今は別件で動いてるんです」
「……」
ロップの耳がわずかに動く。
「でも数日もすれば、ここへ来ると思いますよ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「……!」
沈みかけていた表情が一気に明るくなる。
夕陽のせいだけではない。
頬がほんのりと赤く染まっていた。
「……そう、ですか……」
呟く声はどこか弾んでいる。
胸の奥に溜まっていた不安が少しだけ軽くなったようだった。
だが次の瞬間、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「……別件?」
素直な疑問だった。
ミレアは少しだけ苦笑する。
「実は――」
そこから事情を説明した。
リュクシアに行きたい理由
魔鉱岩の採掘。
そして負傷したシンのこと。
ニクスも腕を組みながら補足する。
「ま、あいつなりに頑張ってるってことだ」
軽い口調だった。
しかしレオンが背負っているものの重さを知っているからこそ、その言葉にはどこか信頼が滲んでいた。
ロップは黙って耳を傾ける。
話を聞き終えると、ゆっくりと頷いた。
「……そうなんですね」
その手が自然と胸元へ添えられる。
大切なものを確かめるように。
そして静かに目を閉じた。
レオンは今も誰かのために戦っている。
ならば、自分にもできることがあるはずだ。
そう思えた。
やがてロップは顔を上げる。
その瞳には先ほどまでの迷いはなかった。
「船のことは……私がなんとかしてみます」
決意のこもった声だった。
ニクスが思わず眉を上げる。
「……マジか?」
「心当たりでもあるの?」
ミレアも驚いたように問いかける。
ロップは小さく頷いた。
「はい……」
少しだけ言葉を選びながら続ける。
「港の方に……知り合いがいるかもしれません」
詳しくは語らない。
けれど、その口調には確かな自信があった。
リシェルが短く言う。
「……助かる」
「だな」
ニクスも苦笑した。
「まさに渡りに船ってやつだ」
ミレアも嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、ロップ」
感謝の言葉を向けられ、ロップは少し照れたように視線を逸らした。
「……いえ」
小さく返事をする。
その手には、ずっと握り締めている剣があった。
姉の形見。
失われた絆の証。
そして――新たに結ばれた縁の証でもある。
ロップは静かに剣の柄へ触れる。
遠く離れた地で戦う少年を思い浮かべながら。
まだ短い付き合いだ。
それでも彼女の人生を変えた出会いだった。
だからこそ――。
今度は自分が、その力になりたい。
夕暮れの風が天幕を揺らす。
遠く離れた場所で歩み続けるレオンへと繋がるように。
少女の小さな決意もまた、静かに動き始めていた。




