捜索
眩い白光が視界を埋め尽くしていた。
身体がふわりと浮き上がるような感覚。
次の瞬間――足裏に確かな感触が戻る。
「……っ」
ニクスは小さく息を吐き、一度だけ目を閉じた。
そしてゆっくりと瞼を開く。
目の前に広がっていたのは、巨大な屋内施設だった。
天井は高く、広大な空間の床には幾重もの魔法陣が円を描くように配置されている。次々と発光する魔法陣からは転移者たちが現れ、そのたびに職員や兵士たちが慌ただしく駆け寄っていた。
見慣れた学園の転移施設によく似ている。
だが――空気がまるで違う。
「……ここが、ゼルガリア王都」
隣でミレアが静かに呟いた。
人は多い。
声も絶えない。
それなのに活気とは程遠かった。
「次の班を通せ! 魔法陣を空けろ!」
「負傷者はこっちだ! 治療班を呼べ!」
飛び交う怒号。
慌ただしく運ばれる担架。
白布の隙間から覗く赤黒い血痕。
鼻を掠める鉄臭さに、ニクスは僅かに眉をひそめた。
そこにあったのは王都の日常ではない。
戦場の裏側だった。
「……ひでぇな」
思わず漏れた呟き。
ミレアは何も言わず頷く。
リシェルは既に周囲の観察に意識を向けていた。
人の流れ。
兵士の配置。
搬送経路。
非常時の動線。
無表情のまま、その全てを頭の中へ刻み込んでいく。
少し離れた場所では、ディルクが到着した生徒たちを見渡していた。
やがて全員が揃ったことを確認すると、一歩前へ出る。
「各班、ここからは個別行動だ」
低く響く声が施設内を通り抜けた。
「依頼書に記された地点へ向かえ。現地兵と合流し、指示に従うこと」
短い指示。
だがその重みは十分に伝わる。
ディルクは一瞬だけ言葉を切った。
その沈黙が逆に周囲を静かにさせる。
「いいか――」
鋭い視線が生徒たちを見渡す。
「ここはもう学園の外だ」
静かな声だった。
しかし誰の耳にも強く残る。
「判断を誤れば死ぬ」
その一言で場の空気が凍り付いた。
冗談も笑いもない。
それが現実だった。
ディルクは背を向ける。
「……行け」
その言葉を合図に、生徒たちはそれぞれの任務先へ散っていった。
ニクスも依頼書を広げる。
「えーっと……俺らの担当は……」
指で文字を追う。
「王都郊外の森林地帯か」
ミレアが覗き込む。
「避難誘導というより捜索任務だね」
「取り残された住民の捜索及び保護」
リシェルが淡々と読み上げる。
「生存者の確認も含まれてる」
「まぁ街中よりは動きやすそうだな」
軽く肩を回すニクス。
だがその表情に余裕はなかった。
任務内容を理解しているからだ。
捜索対象が無事とは限らない。
むしろ――そうでない可能性の方が高い。
「行こう」
リシェルが先に歩き出した。
迷いはない。
二人も後を追う。
三人は転移施設を後にした。
王都ゼルガリア。
広く整備された石畳の道。
立ち並ぶ巨大な建築物。
本来であれば活気に満ちた大都市なのだろう。
しかし今は違う。
店は開いている。
行き交う人影もある。
それなのに妙な違和感があった。
「……人、少なくねぇか?」
ニクスがぽつりと呟く。
「避難してるんだと思う」
ミレアが答えた。
「それにしても静かだね」
リシェルが街の奥へ目を向ける。
市民は少ない。
代わりに増えているのは兵士たちだ。
巡回する騎士。
武器を運ぶ補給部隊。
緊張した面持ちの警備兵。
王都でありながら、まるで巨大な前線基地だった。
三人はそのまま街を抜けていく。
やがて巨大な城壁と門が見えてきた。
王都の外へ続く出入口。
厳重な警備が敷かれている。
「止まれ。通行許可証を」
門兵が槍を構える。
ニクスは依頼書を差し出した。
「学園から来た任務班です」
兵士は内容を確認すると表情を険しくしたまま頷く。
「……そうか」
短く息を吐く。
「気を付けろ」
その言葉には重みがあった。
「外はもう安全じゃない」
「了解」
門がゆっくりと開かれる。
三人は王都の外へ足を踏み出した。
途端に空気が変わる。
人の気配が遠ざかる。
石畳は土の道へ変わり、吹き抜ける風だけが耳に届いた。
しばらく進むと、目的地が見えてくる。
深い森だった。
鬱蒼と生い茂る木々。
昼間だというのに奥は薄暗く、どこか不気味な静けさを湛えている。
「……ここか」
ニクスが足を止めた。
依頼書と見比べる。
「捜索範囲、思ったより広いな」
「……嫌な感じがする」
ミレアが小さく呟いた。
根拠はない。
だが胸騒ぎがする。
リシェルは森の奥を見据えていた。
その瞳が僅かに細められる。
杖を握る手にも自然と力が入った。
風が吹く。
木々がざわりと揺れる。
まるで森そのものが侵入者を拒んでいるかのようだった。
そんな空気を振り払うように、ニクスは拳を握る。
ゴキリ、と小気味よい音が鳴った。
そして口元を吊り上げる。
「行くか」
その一言を合図に。
三人は森の中へ踏み込んだ。
光の届かない深い緑の中へ。
その先に何が待っているのか。
まだ誰も知らない。
ただ一つ確かなことは――
そこが安全だという保証は、どこにもなかった。




